カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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私の開運法。

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気学で方位取りするとか、パワーストーンをつけるとか、塩や酒風呂に入って浄化するとか(あ、風呂釜注意ですよ)、日によっておまじないをするとか。
いろんな開運法を見かけます。

そして私がしていることというと、(ざっくりテキトーな)居宅風水と、心を強くすること です。
最近は神社さえめったにゆかなくなりました。
でも、それだからっていって、だから自分は(マメにそういうことをする人たちよりも)不運だとは全然思えないですし。


自分自身やほかの人たちの運気(過去からの人生の流れも)を見続けたり試して使ってみながら分かったことは、結局は、価値観や性格といいますか、「気の持ちよう、受け止めようで、運の吉や凶/ポジティブかネガティブか?が決まる」 ということでした。

また、凶(事)から始まる吉(事)というのもあります。
ですから、"その時や場の状況" だけで、良い悪いと、印象を決めつけちゃいけないなーと思ってます。


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吉(事)って、本当は、例えば宝くじが当たるとか、思いがけず大きな仕事をもらえたとか、彼氏ができた/プロポーズされた等々、わーっ!って一気に興奮して喜べるようなものでもないと思ってます。

案外、当たり前で平凡で普通のことじゃないかと。
例えば、誰かと楽しい時間を過ごせてるとか、体の調子が良い、気分が良い、面白くてやりがいのあることにハマってるとか、うっかりミスを大目に見てもらえたとか。

短時間で盛り上がることは、冷めるのが早い(で、その先の現実を目の当たりにする、みたいな)
思いつきでしたこと(その時は良い!と思ったこと)も、飽きる(よくなかったとかつまらなかったとか思う)のも早いもの。

幸不幸は気分や感情の動きなので、それに吉とか凶(運の良し悪し)を結びつけて期待するのは間違いと思います。
いつどんなことが起きても、感情や気分が乱されないでいられたり、あるいは些細なことに良さや面白さ・ありがたみや感謝できる。
そういうことを見つけられる理性や観察力、ということは冷静さであり強さがあれば、どれほど悩ましいことが起きてもそんなにつらくは感じられなくなります。

つまり、自分の人生から、凶(事)な体験が無くなる=この世がパラダイスf:id:kabbalah-suuhi358:20160513184059g:plain になってくる ということになります。


ちなみに、これは私の持論なのですが。

吉の時は、運が味方になってくれる時。
つまり、その時期だけは周囲の人が何かと自分を支えたり助けてくれたり、カンが冴えたり、体調も良かったりという状況になりやすいときがあるんです。
そして、そういう貴重なタイミングを迎えている時だからこそ、積極的に行動し、やりたいことがあれば結果や失敗を恐れないでチャレンジしたほうがいい。
なぜなら、運が良いときは、失敗しても致命的なことにはなりにくいから、です(大目に見てもらえたり、解決方法を教われたりとか)
なので、結果的に、望んでいたことが実現できるんですね。


けれど "運気が悪い" ときはその逆になりがちです。

とはいえそもそもそうした運の停滞期を迎えるときは、「その時期は楽ができない」、「人間力や実力が問われる」、「いつも以上にまじめに努力をしなければならない」ということを頭に置きつつ過ごしていれば、何か起きた時に感情的な反応をして、ますます大ごとにして悩む必要もなくなるんですね。


といった過ごしかたのコツとか理屈さえわかれば、怖れる必要がなくなりますし、吉の時ほどの自由度はないものの、平穏無事になる以上の状態にはなると思います。

なので、「大凶のはずなのに、良いことがいっぱいあった!」という、占い結果の逆転も起きます。
その場合、その人はおそらく、その時期の間、何かを本気でがんばっていらしたはず。
その情熱や真剣さが、凶事(運)を物ともせずに跳ね返し、しかもそれらを上回るほど勢いづいて精力的に取り組んで、その結果的、吉運の時以上の結果を出すことができたりするはずです。

でもそれだってやっぱり、「なにくそ、これしきのこと、負けるもんかっ!」って、心が強いからこそできること。

なので、心が強くなればなるほど、この世で怖いものなしになっていくんです。


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心を強くするために必要なことは、生活(世間)全般にかかわる知識や情報を増やすことと、安易に何かに頼らないようにすること(なるべく自力で解決できるようにすること)と思います。
あ、後者については、うつ病やうつ病予備軍のかたは逆に、「甘えたり」「サボった」ほうがいいですからね^^。


以前スマナサーラさんの本を読んでいましたら、「すべて(お金でも人間関係でも健康でも財産や家でも)を失っても平常心でいられるようにしなさい」と仏陀がお弟子さんに教えていた、といった話が出てきたんですね。

あれが無ければ・あの人がいなければ私は生きていけない(幸せではいられない。安心して暮らせない)ということを自分に許してしまってはいけない、と。


頼るのも頼れるのも、やっぱり自分自身で、自分しかいないんですね。
なぜなら、人は誰でも自分が一番大事だから。
つまり、他人をあてにしていても、その人自身が大変な時は自分のことを優先するのが当たり前であり、そしてその時の自分への扱いも当然のごとく手抜きされたりないがしろにされる、ということです(で、これをわかってないとケンカの元になる)
相手が悪いんじゃなく、そういう自分の受け止めかたは間違っていないのか?、っていう。


またこんなたとえ話もされてました。

「仲間たちといたところ、全員が悪い人たちにつかまったとします。
すると親分が、お前たちのうちで一人が命を差し出せば、残りは助けてやる、といいます。
けれどその時、いったいだれが『じゃあ私を殺してください。みんなのためなら喜んで死ねます』と進んで前に出れますか?」

「自分がかわいいから大切だから、人は自分を守ったり自分のためになるなら人の命も財産も奪うし、裏切るし、嘘もつくんですよ。どんなにきれいごとを言っても、結局は誰でも、自分が一番なのです」


ですがこの話は、だからといって人を信用してはいけない・仲良くしちゃいけないというオチではないですよ。

「それが現実(永遠不変の事実=真理である)なのだから、そういう現実から目を背けないで、ちゃんと受け入れて、その現実を超えてゆきなさい」

ということのようです。

簡単に、裏切られた、あの人はひどい人だ、なんて確かめもしないのに決めつけるのはそもそも間違いで、それは考え方もしていることも幼い気がします。

誰もが自分のことを優先させますし、ましてやあちらにはあちらの考えや事情があるわけです。
なのにそれでも「私の要求や期待に応えなさい。私たちの関係ではそうするのが当たり前だ」といわんばかりに、愚痴ったり不満をいうのは、やっぱりおかしくないかな。

それとも、それができるだけのことを、相手にしてあげてたのかな?
であれば話は別だけれど。


*****


もしも、精神的にも成熟して自立できていれば、相手でも状況でも、自分の望む通りにならなくても、それでイライラしたり心を乱すこともなく、いつも通りにしてられるんですね。

そのためには自分で自分を、賢く、辛抱強く、愛情深くなれるように育てていく必要があるし、こうなれたら、運の良し悪しとかバイオリズム(運の流れ。季節のような変化)さえ、どうでもよくなります。
すごいグッズもいらないし、方位も気にしなくていいし、占いや占い師もいらなくなります(爆

(そもそもお金やツキ欲しさにわざわざ旅行に出かけたり高額な商品を買ってそれ頼みで運を上げようという発想自体、私は「悩みや問題を先送りしたりごまかそうとしてるだけで解決にならない」し、「最終的な収支はどうなってるんだろう?」って疑問なんですよねー???)


*****


限られた時間の中で長々と前置きや説明できないので、私もセッションやレッスンでは手っ取り早く、「吉と凶」、「幸不幸」といった表現を使いますが、実際の運気自体には、そういうものはないと思ってます。


運気はよく、四季にたとえられます。

真冬の凍てつく寒い日が好きでhappyな気分になれる人もいれば、「寒いのは嫌だ」「出かけるのがおっくうになる」「冬は嫌いだ。つまんない」と、欠点や悪いところ探しをする人もいて。

はて、どっちの人の人生に「凶」が多そう?


それから楽をしろ、我慢をしちゃいけないというのは、時と場合によると思います。
怠け者になる口実を作るのはどうなのかな?

あ、でも、病になりかけている人やすでに罹っている人にはそのほうがいいですよ(それも治療ですから)。


*****


世の中に出て生きるのは本当に大変。
それは、気の合う人ばかりじゃないから。

仏陀も、生きることは苦である(苦悩の連続である)と悟って、そしてそれを一般論として否定できる(説明ができる)人は誰もいないと思います。

けれど、だからといって、絶望や悲観をしたまま生き続けるか?、それともこの事実を認めて、「じゃあ自分はどうしたらこの世界から少しでも上に這い上がれるか?」って生き方を模索するほうを選ぶか。

そういう場合でもやっぱり、心の強さがものをいうような気がするんですよね。


恐れる弱さを自分に許すんじゃなく、いつどんな時にも美しさや良さ、面白さを見つけるように。
いろいろ書いてますが、まだまだ未熟な私は自分に言い聞かせつつ、自分なりの幸せを増やしてゆけるように心がけています。


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