カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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友だち。


先に挙げた記事に関連して。
kabbalah-suuhi358.hatenablog.com


吉本ばななさんのエッセイに、こんなくだりがありました。
一部を抜粋してお借りします(本当はもっと深く語ってらっしゃるのですが、字数の関係で断念&無念f:id:kabbalah-suuhi358:20171014111334g:plain

おとなになるってどんなこと?  より


たくさんの時間を共有して、お互いの匂いやいやなところを知っている体の言葉と、精神的に同じ価値観を共有している精神の言葉と、両方を備えていないと友だちとは呼べないと私は思っています。

ほんとうに友だちと呼べる関係になるには、長い時間がかかると思っています。
だから人生の中でそんなにたくさんの友だちができるはずがありません。


ある時期、毎日のようにいっしょにいた友だちがいます。
仕事も手伝ってもらっていたし、子育てもうんと手伝ってもらいました。
なのに、あるときからどうにも、会うことさえなくなってしまったのです。

きっかけはもちろんありました。
その友だちに結婚相手が現われ、彼も仕事が忙しかったので彼女に手伝ってもらいたくて、私の家で多くの時間を費やすことができなくなってしまったのです。
幸せに離れていっだのだからいいや、と少し淋しいながらも、私は思っていました。

しかし、なぜだろう? と思うんだけれど、その子と私は、ほんとうの友情を結んでいたつもりでいたのに、たまに会うことさえもしなくていいという気持ちなのです。
自分でも、これはほんとうに不思議でした。
もしかしたら、木から熟れた実が自然に落ちるように、私たちの友情は芽吹いた時から時を重ね、自然に、終わったのかもしれないな、そう思います。
あるいは毎日のようにいっしょにいすぎたのかもしれません。



もうひとつのケースを書きます。
私には大切な歳上の友だちがいてなんでも相談していたんだけれど、少し甘えすぎてしまったみたいで、彼女はどんなときでも大丈夫な人だと私は思い込んでしまったみたいです。
私たちは仲違いし、すっかり離れてしまいました。

私は何回か彼女に仲直りを申し込んだのですが、表面的にはうまく行っても、どうにもなりませんでした。
しかしあるとき、急に誤解がとけたのです。
久しぶりに会って晩ご飯を食べに行き、彼女の行きつけのお店で彼女は「この人は古くからの大事な友だち」と言いました。
私は嬉しくて、涙が出ました。
それ以来、会えばいつでも楽しく過ごしています。


このふたつのケースの、ひとつはなんで続かず、もうひとつはどうして続いたんだろう? と不思議に思ったのですが、それはもちろんキャラクターの違いから来るってわかっているのですが、思い当たることがあります。


ひとつめのケースの友だちとは、長い時間を過ごしたぶんとにかくいろんなことをいっしょに体験したし、いろいろ話もしたんだけれど、「こう生きていきたい」「こうありたい」というような、価値観の話をあまりしたことがなかったな、と思うんです。

ふたつめのケースの友だちとは、いつもそういう話をしていました。
時代の話や、この中でどう生きていきたいかの話。
全然違うタイプのふたりなのに、話がつきることはなかったのです。
もしかしたら、そうやって励まし合うことのなかに、友情の大切な要素がたくさん入っているのかもしれないな、と今は思います。



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