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カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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内向的な人と外向的な人は理解しあえない?

  ■ 心のケアと心理学



今日も長くなるので、どんどんまいります(笑)

夏目漱石は約100年前(明治時代)に、「文明の近代化とともに心の病にかかる人が増えていく」と予見していたそうです。
さすが歴史に名を残す稀代の大作家。
時代の遠い未来までをも先読みできる、優れた洞察眼(こころの目)をもっていたみたいです。
(追記 あとから調べたら、なんとなんと 9-33-11目

インターネットの爆発的な普及で、私たちの暮らしも、生き方も大きく変わりました。
「情報(知識)を得たり増やすこと」は理性を成長させるけれども、あまりにもそっちに偏ると、心のほうが置き去りにされてしまいます。

理性と感情はどちらかの偏りがなく機能しているのが理想的。
ですが個人的には、「そうはいってもなかなか難しいものだなぁ」と自分で自分の心をもてあまし、毎日のように葛藤しています。


ところでこの間読んでいたユング心理学関連の本(秋山さとこさん著)の中に、印象深いことが書かれていました。

あ、話を進める前にちょっと説明をば。

性格を表す言葉に、外向的、内向的というのがありますよね?
実はこれ、ユングが初めて著書の中で心理学用語として使い始めたのが、一般に定着したものなんだそう。
ですがユング、というか心理学的な外向性と内向性の中身は、私たちが普通に使っている使い方とはかなり違ってるようです。

ざっくり書きますと、「注意だとか考えとか行動、意識の矛先が、自分の外の世界に向かっているか、それとも内側の世界に向かうか」なんだそうです。

なので、人の顔色を見たり、周囲に自分を合わせよう合わせようと無意識にしている人は、外向的(傾向が強い)な持ち主、ということになります。
それとか、自分の悩みの原因を、自分を振り返るよりも、相手とか運命とか時代とか社会とか、とにかく外的要因にあるとしたり。

一方で内向的な人はその反対の行動をとります。
だけど、必ずしも内気でおとなしくて消極的なわけじゃないんですね。
内気な人は、本質とか理由・原因について、深く、突き詰めて考えたり、答えを見出そうとする人なだけだから、です。


そしてようやく本題です(笑)

この外向性と内向性は古くはギリシャ時代から少しずつ認識され、そして20世紀初頭、精神医学が隆盛だった時代にユングたち専門家によってまとめられ今日に至っているのだとのこと。
すると、たとえばプラトンは内向的で、そのお弟子さんだったアリストテレスは外向的な人物だった、なんて推測も成り立ち、これがまた彼らの思想の理解を深めたりひっくり返したり。

とにもかくにも、外向的な性格と内向的な性格は文明によって作られたものじゃなく、ましてや自分の親の影響とか生育環境とかでもなく、太古の昔から、自然に備わっている本能みたいなもののようです。

そしてもっと面白かったのは、そういう外向的な人たちが優位になる時代と、内向的な人たちが優位になる時代が、交互にやってきているという事実。

それでいうと、お金とか地位とか権力とか名声とか物欲とかを求めるのは外向性の特徴ですから、20世紀は外向的な時代だったということですね。

でも今は「生きるとは何か?」「心とはなにか?」みたいに、内面の世界がクローズアップされてきています。
占星術的にも、21世紀は水瓶座の時代といわれてて、たしかに水瓶座は意識や無意識も象徴する星座なんです。
(こういう一致があることをユングは気がついて、なので占星術とか錬金術といったオカルトも研究し始めたみたいです)

なので私は21世紀は内向性が優位になる時代では?と予想しています。
であるならば、内向性にかかわることが、時代の流れにあった生き方暮らし方、ということになるかと思います。

とはいえ、外向性と内向性は生まれもったものなので、訓練して完全に変えようとすることは危険なんだそうです。
人格が崩壊してしまう可能性があるから、ですって。

だから外向的でも内向的な性格でも、どっちであっても嫌がるんじゃなく、素直に受け入れるのが一番無理がなく、健康的なんです。

私は内向性が優位な方なので(ただし思考機能は外向タイプです)、自分を目立たせたり、自分から積極的に見知らぬ人たちと交流して人脈を増やそうとすることも大いに苦手です。
人に何かを求めるのも、本当に苦手です。
(「それってずうずうしいんじゃないか?=人に嫌がられるんじゃないか?」って気になってしまうんです。とはいえだいぶ直ってきて今は昔ほどひどくはないです)。

なので、自分にはできない外向的な行動をする人には魅力や憧れを抱いてまして、そうなるように心がけてました。
でもやっぱりできない。
最初のうちはいいのですが、外向的な行動をすればするほど、苦しくなっちゃうんです。
心の中では「嫌だ、こんなことしたくないよぉ」って無意識が叫びだします。

でもこのこともユングたちの研究によって明らかにされているそうで、基本的に、外向的な性格と内向的な性格は、互いに理解しあえない、のだそうです。
ある条件を満たせば、共感はできるようですが、でもそれは内容的にかなりハイレベルで厳しいと思います。
(今ではそんな無理をしなくったっていいんだってわかり、とても楽になりました。 それと自分は自分だって、自分の「内向的な気質」も肯定的に受けとめ、自信にもしています 笑)

ですから、たとえば、内向性(が優位)な人が誰かの愚痴や不満を言ってるとき、よ~くよくその会話の中身をチェックしてみると。
実はその内向的なご本人が苦手とする人が外向性(が優位)な人で、そしてその外向性が優位な人の、外向的な行動を批判したり「理解できない!」とかって、内向性の人が怒ってたりするんです。

外向性と内向性は、まるで正反対。
そしてお互いを理解したり、認めることができません(基本的には、ですけど)
どこまでも、永遠に、水と油な関係なんです。

そこで思ったんですが。
このことがわかっているだけでも特に「自分が苦手とする人と、どう付き合っていけばいいのか?」のヒントになるかもしれません。

心理学用語としての内向性と外向性については、ネットで調べるといっぱい出てきます。
くれぐれも、一般的な解釈と一緒にされませんように。
「明るくて友達が多い人とそうじゃない人」ってことではありませんので。

それをヒントに、自分はどっちなのか?、そして自分が苦手な人はどっちか?って推理してみると、当たってるんで面白いですよ(笑)。
(実は数秘術を使って、どっちタイプなのか、見分けかたのコツが徐々にわかってきました。これはまたいつか書いてみたいと思います)

しつこいですが、真逆でしたら、相手を理解しようとするのは無理だし、がんばればがんばるほどストレスが増してしまいそう。
それは親子やきょうだいであってもそうみたいです。

なのでタイプが違うのに自分を理解してほしいと望んだり仲良くしたがっても、期待は裏切られるし努力は報われないわで、いつまでたってもその悩みは解決しそうにないと思います。
悲しいけれど、真逆タイプの相手には理解してもらえないし、何をやっても嫌がられたり反感を買ってしまうことも少なくないでしょうし。

ということで、自分のと真逆な性格タイプとのコミュニケーションについては、「ダメなものはダメなんだ」という現実を受け入れて、別の対応方法を探したほうが良さそうです。
いつまでもお互いに嫌いあって、張り合ったり、対立し続けるよりはマシなので。

それともう一つ。
自分が内向的だから外向的になろうと努力することも、ある程度まではできるようですが、逆転させることはできないそうです。
(遺伝とか家系、生育環境とも全く関係ないそうです。 親が外向的だから子供もそうかというと違うということ。 でもそれに気づかないで内向的な子供を無理に外向的な子に育てようとすると子供の心に多大な心理的負担を与えかねず、それがその子に心の病を発症させる原因になりかねないそうです)

もしこのことにこだわりすぎると、ある日どうしても越えられない大きな壁(境界線)にぶつかった時、それまでの努力が水の泡になってしまったと思えたり、自信を無くしたり、自分を嫌になってしまって、心を病んでしまうことになりかねません。

内向的性格にも、外向的性格の人にはない、素晴らしい能力や才能があります。
そしてそれは、外向的性格の人がどれほど欲しがっても、手に入らないもの。

たとえば外向的性格の人は周囲に流されやすく、自分を見失いやすいです。
また、表面的になりやすいので、浅はかで軽率、ということもあるそうです。
(外向的なタイプのかた、ごめんなさい。 世間では内向タイプは悪く考えられがちだし、自信が持てなかったり肩身が狭い思いをされているかたも多いので)

でも内向的な人は、自分をしっかり持っていて(本人にとっては意外に 笑)、頑固で譲らず、精神的にも強かったりします。
内省的で自分に厳しく、よそに責任転嫁しようとしません。
また外向的な人にはない、感性の高さや独自の表現力もあります。

それと先にも書きましたように、これからは内向的な人や行動が優位になる時代。
なので、むしろこれを強みや武器にするよう、発想を転換してった方がイイかも?ですよ。
せっかくのお宝、生かさないのはもったいないです♪