カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

● 当ブログコンテンツの(出典先を明記しないままの)無断転用・引用は固くお断りいたします ●

| アイコン Toppage | アイコン What's news? 20161117210210 | アイコン 記事一覧 | アイコン Homepage | アイコン Contact |

数秘術―文字を読むためのゲマトリア法(1)


こんにちは。

今日は ゲマトリア をご紹介したいと思います。

ゲマトリアとは、カバラ数秘術のリーディングテクニックの一つ。

名称の文字を数字に置き換え、足し算をし、出てきた合計数を元に、言葉や名称の特徴や個性(象意)を探ってゆく方法です。

文字(アルファベット)に該当する数字は、例えば、Aは1、Bは2、Mは4、Zは8 という具合に定められています。(ただし流派によって、文字と数字の組み合わせが異なります)

ということで、もしもそれが人の名前でしたら、西洋式の姓名判断といったことをしています。
けれどこの点について、日本人(名前)の場合は問題があり、私は「日本人の名前(日本語)にはゲマトリア使わない方がいい。なぜなら、言語の違いから、ゲマトリアを適切に使うことができないから」という考えをもっています。

たとえば、大橋さんの場合、Ohashi Oohashi Ohasi と綴ることができます。
するとそれぞれの組み合わせの合計数は、33(6)、3、7 と、これほどまでに違ってしまうんですね。

******

カバラ数秘術はそもそもユダヤ民族のカバラから始まり、それぞれの家庭で、親から跡継ぎの男子のみに口伝されてきた秘法だったそうです。
けれども時間の経過と共に、外に伝わり、やがて世界中に広がりました。

そして現代版のゲマトリア法は、数十年前、アメリカ人の数秘術研究家が見出してご自分の著書の中で触れ、するとその本が当時大ヒットし、それから世界に広まったようです。

といった経緯を経て、今現在使われているのですね。
ということはつまり、この現代版ゲマトリアを日本語で行おうとすると、

    ヘブライ語 → 英語 → 日本語 → 数字へ

と、もはや原型とかけ離れたものになっています。
その言語の発音の音に合わせて、それぞれの民族が使っているアルファベットに当てはめられ、それをさらに数字に置き換えて、ゲマトリアは成り立ちます。

けれど、ヘブライ語と英語、ましてや日本語とヘブライ語では、発音、つまりアルファベットが大きく異なります。
ヘブライ語だったから、そして英語だったからこそ、現代ゲマトリアが成立するんですね。

そうした状況から私は、日本語でのゲマトリア(西洋式姓名判断)は行っていませんし、勧めてもいません。
そもそも日本語の音や文字を英語のアルファベットに正確に置きかえるのは不可能だからです。


しかもゲマトリア法のやり方も、流派によって文字に該当させる数が異なっています。
そうなりますと、どれに信頼を置けばいいのか・・


といった理由から、私は日本名でのゲマトリアは懐疑的ですし、使ってもいません。

けれども例外はあります。

もしも英語に変えられるようでしたら、それだとOKなんですね。

たとえば、「日本」ではなく、「JAPAN 」 として、それから数字を出してみると、数字の象意と日本の印象や習慣がマッチするんです。

この場合、(私のやり方では)、日本は「6」の国 になります。
6の主なキーワードには、「調和(輪)」「真善美」「奉仕」「礼儀正しさ」「バランス」「中庸=あいまい」など。
これらはおそらくどなたにも共通して感じられる、日本特有の文化や国民性を表しているように思います。

とこのように、ゲマトリアは英語名であれば「行けます」。
また他に、頭文字(イニシャル)だけを使う、というやり方も有効だと思います。

けれど、そもそも名前は後天的なものですし、結婚で変わってしまったりもするほど、不安定なものです。
なのでその影響力は、誕生日がその人に与える影響の大きさとは比べものになりません。

ですから私の場合、こうしたゲマトリア、つまり文字の読解法は、補助的に使っています。
例えば旅行先や転居先、物との相性を見たり、ですとか。
上手く使えばお互いの数の共鳴効果や相乗効果のせいで、良い結果がもたらされるからです。
数秘術のメインになるのはあくまで、誕生日 です。

がしかし、このように一定の決まりに沿って行う場合でしたら有効と思います。
ゲマトリアがわかれば、この世に存在する言語化できる物事をすべて数字に置き換えることが出来、そしてそれぞれの特徴や性質についてより理解を深めることができます。
すると時々、偶然の一致だとは思えないほど、 "意外な事実" を目の当たりにすることも少なくなくて驚かされる場合もあります。

いずれにしましても、数秘術が欧米で生まれたからと言って、必ずしも律儀に方法を守る必要は、私はないと思っています。

もしも数秘術自身に意識があるなら、「世の中や人の役に立つために自分は存在するのだから、場合によってはルールも臨機応変に替え、最良の形で活かしてもらえた方がうれしい」って言ってくれるのでは?と妄想する私です。