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カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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大阿闍梨 塩沼亮潤さん



ゆうべ、NHKの SWITCH という対談番組を観た。
出演されてたのは、探検家の角幡唯介さんと大阿闍梨の塩沼亮潤さん。

過去のインタビュー番組から

私が今日も走る理由(Numero WEB)矢印http://number.bunshun.jp/articles/-/782076


大阿闍梨というのは、仏教の修業である千日回峰行を達成したお坊さんたちを指す。

そして、この過酷な行が始まって1300年の間、2回達成したのは、酒井雄哉さんと塩沼さんを含め、たった3人だけなのだそう。

酒井さんは、高倉健さんの座右の銘である『行く道は精進にして忍びて終わり悔いなし』という言葉を送った人。
以前、酒井さんのドキュメンタリーを拝見した時もおっしゃっていて、それは酒井さん自身にとっても大切な言葉だったらしい。
(ちなみに意味を調べてみたら、そもそもは「大無量寿経」の中で阿弥陀仏が言った「我行精進 忍終不悔」だそうで、意味は「進むべき道において決して努力はやめない。我慢し続けて一生を終えても悔いはない」だそう)


塩沼大阿闍梨さんは、その酒井さんの修業の様子をTV番組で観て、それでご自分も挑戦したいと決心されたそう。

出家の日、実家で最後の食事を終えた時、お母さんが、茶碗とお箸を壁めがけて投げつけて、ゴミ箱に捨てた。
「もう二度と戻ってこない決心で行きなさい」、というお母さんの思いが込められたものだったのでは?と塩沼さんは振り返る。

ちなみに塩沼さんは一人っ子で、幼い時にお父さんが家を出てお母さんとおばあちゃんに育てられたという生い立ちを持つ。
そして、手塩にかけて育てた一人息子を、息子の夢をかなえてあげるために手放さなければならないお母さんの気持ちを想像すると、そうした態度はもしかすると、ご自身に対しても「あの子は死んだと思おう」という強い決意の表れだったような気がする。


そうしていよいよ千日回峰が始まる。
これはまさに命がけの行。
開山していて中に入れるのは毎年4か月間だけ。
この120日間、雨の日も嵐の日も毎日欠かさず、高低差2000メートルの往復48キロの道のりを歩き通す。
そしてそれを9年間続ける。

番組の中で角幡さんがその行程を一日かけて歩いてらしたけど、崖も昇るわ道なき道を歩くわで想像以上に険しくて大変な道のりだった。
食事も質素で、毎日ご飯とみそ汁、そして飲み水だけ。

歩き始めて3か月位になると、血尿が出始めるそう。
それが一週間ほど続く。

それと最初の10日で10キロほど体重が落ちたそう。
でもそこを超えると身体が慣れて、次の段階へ向かう。

他にも、身体の変化をいくつか教えてくださってたけど、ギリギリ追いつめられた時の人体の身体能力の底ぢから、人間の生命力って、科学の知識を軽々超えてしまうほど、すごいものがあるんだなと感心したり驚いたエピソードもいくつか教えてくださった。

とにかく、千日回峰行は、いったん、決して途中で休んだり止めてはいけない決まりになっている。
もしも途中で失敗したら、自ら命を絶たなければならない。
始める時は、死を覚悟して臨まなければならない。

なので、初日の旅立ちの時、師匠から首を吊るための縄と、切腹用の懐刀を渡される。
いよいよあかんとなったら、自らの命を絶てるよう、それらを毎日身に着けて歩くのだ。

塩沼さんも山の中で体調を崩して倒れ、そこで、「もうダメか」と切腹の覚悟をしたことがあったそうだ。
でもそんな時、頭によぎった "もの" のおかげで、不思議な力が湧いてきて、気がつけば目指すお堂まで到達していたそう。
けれどその日はおかゆと水しか飲み食いしていなかったし、身体はそこまで衰弱していた。
でもそんな状態だったのにもかかわらず、朝がた、折り返し地点である山のお堂に到着した時、全身から黙々と湯気が出ていて、まるで身体が息を吹き返したみたいに力を取り戻していたそうだ。

ではその "もの" とは?

それはこれまでの人生が走馬灯のように思い出されたこと。
そしてその中には、そもそも修業の道に入ろうと決心した時のこと。

また
  お釈迦さまもこうして厳しい修業に励まれていた。
  今の自分よりももっと辛く苦しい思いをしている人たちが世の中にはたくさんいる。
  その苦しみに比べたら、これくらいのことでへこたれてどうする?
  私はこの修業を達成することで、人々の希望の光になるのだ。

という考えが頭に浮かんできて、それが疲労困憊で動かない身体を動かす力になったのだそう。

こういう時、「自己満足でしてるんだから」、っていう捉えかたもあるだろうと思う。
けれど、この行を達成したいというという自己満足の動機は、あくまで人々の苦しみを自分も体験することで助けたいというもの。
だからもっと純粋で立派な志が動機だ。
しかも命がけ。
だから、そこまでの努力もしていない人が、軽々しく非難したり考えちゃいけない気がする。

それと、病気や精神的な苦痛で、毎日死の境をさまよっている人たちの苦しみは、それに匹敵しするような経験がない人には、どれほどのモノなのか、想像もつかないだろうと思う。

宗教者やセラピスト、カウンセラー等々、そうした人たちと向かい合う仕事をする側は、命がけの覚悟で臨まなければならないと言われる。
それはたぶん、自分の意識を絶体絶命の所までに追い込んだ状態で初めて、そうした患者さんやクライアントさんの「真横に」立てて、介助ができるようになるからなんだろうなと思う。

共感ができないと、その人の心を動かす言葉かけや態度なんて、取れないからだ。

そんなこんなで、塩沼さんが死を意識した時のお話をしてくださってる時、私は、雷に打たれたみたいなショックを覚えた。

 同じ時代に、こういうかたが生きてらっしゃる。
 私のしていること、してきたことは、なんておままごとな甘っちょろいものなんだろう。
 私はまだまだ何も知らない。 
 まだまだこの目や耳で実際に経験しなくちゃいけない「大切なものが山ほどある」。

なのにどうでもいいことに不満を覚え、愚痴を言い、どうでもいいことを心配している。
しかもその割に、真剣に悩んだり、自力で解決しようともしていない。
楽な方、楽な方へと流されている。

といった情けなくてちっぽけな自分に気づき、しかも身の程知らずになんでもわかっているような、いっぱしの口を利いて驕りたかぶってる自分にも気づいて、何とも気恥ずかしいこと。
やっぱり、おごらず謙虚であり続けることは大事。
それが自分の成長を留めてしまうどころか、自分をダメにしてしまう。

塩沼大阿闍梨さんも、謙虚で爽やかで、しかも何とも清々しい。
特にお声が、何とも透明感があって、美しい。(そのように鍛えてきた、とおっしゃる)
しかも、言葉や態度の端々に、温かみや慈悲(やさしさ)がにじみ出ている。

偉業を成し遂げた際、お師匠さんに「すべて終わったこと、過ぎたことは捨てておゆきなさい」といわれたそう。
そういうことをやったからといって、それに驕ったりかまけててはいけない。
学ぶべきもの、修業はこれからもまだまだ続くのだから、ということ。

そして最近の塩沼さんは、世界中から講演の声がかかり、旅してらっしゃる。
やっぱり「何をしてきたか?」、その規模が、その後の仕事のレベルやスケールを決めるんだなと思った。


最後に、角幡さんから「死が怖くないか?」という問われた時、100の内の1つ程度位になった、とおっしゃった。

それよりも(死ぬことよりも)、どうしたら情熱をもって精一杯生ききれるか、そっちの方がもっと大切で、そのことばかり考えている、といったお話をされていた。

誤解を恐れずに書けば、生死をさまよう経験をしてきた塩沼さんにとって、死はさほどたいしたことじゃない。
必要以上に怖がって、でもそうすることで自らの人生を不安や悲観でがんじがらめにして身動きを取れなくしてしまうほどの、意識したり気に留めるべき、大ごとじゃないよ、ということなのかな?と感じた。

それよりももっと重要なのは、限られた命を、寿命の時間をどう使っていくか、そちらに注意を向けて「善き行い」を達成していく、ということ。

久しぶりに、「この人はすごいな。 少しでもそんな風に自分自身を近づけられたらいいな」って思える、理想の人に出会えた。

目からうろこがポロポロ。

お話を伺えて、本当に良かった。