カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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スウェデンボルグ - 霊界では数秘術を使って会話してる!?



こんにちは。

今日は260年ほど前、100回以上におよぶ自身の体外離脱経験をまとめて出版し、当時ヨーロッパ中に一大センセーショナルを起こしたスウェデンボルグの本から、一部をお借りしてみたいと思います。

   エマニュエル・スウェデンボルグの霊界〈1〉死後の世界は実在する

さてスウェデンボルグによれば、霊界では言葉の代わりに数字を使ってコミュニケイトしてるんだそうです。
それを見て、「お~、それってまるで数秘術じゃない!?」ってよろこぶ私(笑)。

ところで、私たちが今いるこの物質界は霊界(の一部)と構造が似ているのだそう。
そのおかげで"死後"、今の肉体を離れて幽界や霊界に戻ったあとも、環境や生活習慣の変化や違いへの戸惑いが少なくて済むようです(とはいえ、それも死後の世界の知識や認識のある

なしによっては必ずしもそうでもないようですが)。

そんなこんなで、もしかして数秘術ってそもそも霊界の習慣や文化がやがて地上の物質界にも伝わって、出来上がってったものじゃないかな?、なんて思いました。

それから幽界や霊界に行ったあとも、数字を"読み慣れていた"方が、新しい環境に早く慣れて楽だし有利と思います^^(そのせいで上の界に行けないこともあるそうなので)。

ちなみに余談なのですが、「霊界の文字」の様子について書かれてる部分を読んでいると、その使い方や形は、まるでサンスクリット語とかレイキのシンボルのようだなぁと感じました。

文字や数字、図形の隠れたパワーは、もしかすると霊界つながりなのかもしれません。

ということで、スウェデンボルグの本から、です。
スピリチュアリズムに興味がおありなかたにはお勧めな本です。ただレビューにあるように、私も訳し方が気になるので、あまり文章や語句に入り込まないようにして読んでいます)


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言葉のある霊界に、文字も存在することは世間の人々の想像するとおりだ。
だが霊界の文字は、その時の姿かたちや使われ方など、いろいろな面で人間界とは相当大きな相違がある。

その相違のもっとも大きな点は、霊界の文字にはこの世のものに比べて曲線が多く、文章を見た時の全体的印象としてもやはりそういう感じを受けること、もうひとつは、色々な意味を

含めた象徴として数字が使われること、それに霊界の言葉と同じように霊界の文字は人間界の文字に比較すれば、数少ない文字の中に非常にたくさんの意味を込めることができることである。

霊界の文字は複雑で微妙、精妙なので、いまこの世に還って、この手記を書いている私には正確にそのすべてを思い出すことはできないのだが、その文字の含む意味とか使われ方の例だ

けを人間の文字に直して示せばつぎのようになる。

    11

   つきなる状態のとき 霊と交わす。
   参ありや・・・

最初に文字が書いてあり、次に文章が書かれるのが霊界では常法となっている。

数字は、その含む意味が非常に広く、その無数の複雑な組み合わせ、例えば、12、25・・・・104といったようなもので、この文章全体の趣旨も書いた者が誰であるか、何時、なんのために書いたのか・・・等々といったことのすべてを示すのだ。

しかし世間の人々は、ここに書かれた11という数字だけにそれほどの意味を含めることは不可能だと考えるだろうが、霊界ではそれが可能なわけは、あとでこの文章の意味を説明したつぎに説明しよう。

文章は「つぎの状態(霊の状態)の良好な時に、霊と想念の交通を行う。これに参加する気があるか・・」とだけ言っているようにしか見えない。

しかし実はこの文章の中には、人間の文字で直せば、おそらくは一冊の本にもなるほどの意味が含まれており、この文章を読む霊にはそれがわかるのである。

その理由は、先ほどの数字の中に多くの意味があるといったのと同じで、その線の曲がり具合、書かれている位置、前の字と次の字との間隔、字の大きさや傾斜、同じ字でもその姿や形

のわずかな違いなどの中に霊たちは多くの意味を込め、これを相手に伝えることができるからである。

この例の中にも、どの団体のどの霊からどの団体のどの霊にあてた文章か、また、想念の交通をする相手の霊はどこのどの霊か、それは何時するのか、また、その相手の霊はどのような性格の霊か、また、何故するのかといった当面必要なことはすべて含まれている。

そして、そればかりでなく、いま書き手の霊の団体はどのくらいの霊がいて、どこに所在し、どんな状態にあるか、その団体の全部の霊の性格はどうか何十万という個々の霊について書かれているのである。
 
  (省略)

むろん、この文字を読めば、読み手の霊には、書いた霊の顔が浮かぶばかりか、書いてあることによっては、それがイメージとして彼の視野の中に表象されて現れてもくるのである。

霊界の文字は曲線が多いと先ほどいったが、私が霊界で最初に見たときは、なにかエジプトの神聖文字かギリシャ文字との類似を感じる一方で、子供が無意味に書きちらしたイタズラのような印象も受けた。

そして文字と文字のあいだがつながっていたり、不揃いな間隔で離れていたり、無意味に曲がり方が大きかったり、逆に小さかったり、また同じ文字でも左側をふくらませたり、反対に右側をでっぱらせたりしているように思った。

  (省略)

なお、霊界の文字がエジプトの神聖文字と類似した感じをいだかせる理由は、太古のさらに太古、まだ人類が文字をもたなかったころには、彼らは霊界の文字を借りて使っていたというから、その名残が神聖文字のような古代文字に残ったのかもしれない。

  (省略)

最後に、言葉の事も含めて少しいっておくことがある。

それは、霊界には人間界にある言葉も文字もすべてある。
そのほかにも何百万という言葉や文字があり、これらは人間界の言葉や文字では表せないということだ。

なぜなら、霊界には人間界にない事物や、人間には想像もできない複雑で微細な霊たちの感覚や心の動きがあり、これらは人間界にはそれと対応する言葉や文字がないからである。

言葉や文字の上からだけいっても、人間界は霊界に遠く及ばない、未発達の世界だといえるだろう。