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カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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数秘術で観た日本はお互いにけなしあう文化を持っていた?

  ■ ゲマトリア(文字の解読法)   ■ 数秘術よもやま話

以前、世界中の中学生を対象に、あるアンケート調査が行われたのだそうです。

その時の質問は、

◇◇「あなたは価値のある人間だと思いますか?」
◇◇「あなたには、人並以上の能力があると思いますか?」

すると、中国やアメリカの中学生の50%近くが「Yes」と答えたのに対して、日本の中学生で「はい」と回答したのは10%以下(!)だったそうです。

日本って、恥の文化と言われますが、素人考えで、それは、自分はさておき相手を立てようとする様や精神は美しく尊いという、「謙遜」の考えかたから来ているんじゃないかな?なんて思うんですね。

その理由は、数秘術から(過去記事です  数秘術―文字を読むためのゲマトリア法(1)

6は、目に見えない、愛とか心とか(なので心の持ちようや行いですとか)、本質的な美を象徴する数です。
そして日本は典型的な「6」の国。

そういえば、おサムライの、武士道の世界とかわびさびの茶道の世界が目指すところも、それのような気がいたします。
上司をかばったり、自分の不始末の責任を取るのに切腹までしちゃってたり、はたまた武家の女性たちは戦で捕虜にされるのは生き恥と自害したり(近年では戊辰戦争の時の西郷頼母一族自刃事件ですとか)

ということで、日本では大昔から、人のプライド(美意識?)と命の重みが同等だったわけですね。
そんな風に命をかけても誇りやプライドを守ろうとすることが潔し美しいと、長い間、日本ではみなされてきたわけです。
というか、DNAにしっかりと刻み込まれている、と申しますか。

そうしますと、これは人の心理でも良く言われていますが、人って、自分に厳しいと人にも厳しくなります。
次第に、相手と自分の見境がつかなくなっちゃうんです。
でもそうするのは、自分の心や行いをきっちりと戒めることが自分を成長させることにつながるという考えから、(そもそもは叱咤激励のつもりで)それで何かと自分にダメ出しをしているんだろうと思います。

「あれもダメ」「こんなことをしてはいけない」「こうあるべきだ、そうすべきだ」「まだまだ全然だめ」そして最後に「私には何の取り柄もない、愚かで無能な人間だ」に。

ところがそれは自分のことだけにとどまらなくなる。
だんだん、人の行いも目や鼻についてくる。
そのうち、ついに顔や態度に出したり、口に出して言ってしまったり。
最初は親切のつもりが、だんだんエスカレートして止まらなくなる。

すると、何かにつけて文句を言いたくなるし、人を見下したり責めたりけなしたくもなる。
これは特に、心身が疲れ、不満やストレスが溜まっている時、悩んでいる時はそれが加速するような気がします。

*****

先のアンケート調査で、日本の中学生のほとんどが、「自分には価値がない」「人並以上の能力はない」と答えたのも、なんとなくわかるような気がしました。
(でももしかすると今はもっと多いかも?)

そもそも自信をもつことを戒める日本の文化風習があって、なので身分にかかわらず、誰もが代々それを踏襲してきたのですもの。
それにたぶん明治時代頃まで、まだまだ「当たり前」の価値観だったと思います。
(だから親とか目上は絶対で絶対に逆らうべきではない、とか、男尊女卑が普通だったり)


個人的には、自分の自己中心的な欲望や怠け癖、下劣さを戒めて他者(の意見や存在、立場)を
尊重する、というのは良いことだと思っています。

でも問題は、その程度じゃないかと。

40歳前後から下の世代のかたとお話ししていますと、一番気になるのは、言葉遣いです。
相手を気遣う(配慮する)話し方が出来ない(言葉や表現が使いこなせていない)人が、本当に多いです。
子どものように、つっけんどんだったり、グイグイと、自分が思ったことをそのまんま、(気づかないうちに)意見や要求を押しつけるような言葉遣いの人たちがいます。
でもそれはたぶん、「そういう言い方は良くない」と注意される(教えてもらう)ことがなかったから?と思います。(今は先生も先輩も、タメ口と聞いています。 しかも自分の親も「お友達」。これでは人を思いやる、立てて尊重する習慣をに身に着けるのは、よほどご本人が意識しない限りは難しい気がいたします)

なので悪意はないのでしょうが、受け手の方はその口調にかちんときて「なにあの言い方や態度!?」
遠慮もせずにズケズケと生意気なことを言ってしまったり、相手が目上で他人であってもいきなり小バカにしたような物言いや態度をしてしまったり。
けれども当のご本人は、「それが相手を不愉快にしたり怒らせてしまう。つまりは自分に対して嫌悪感を持たせてしまう」ことにも気づいていません。
それどころか「いじめられた」「傷つけられた」と、自分が被害者=相手が悪いと取る場合も。

そもそも、自分が感じたまま思ったままを口にしてしまう、顔や態度に出してしまうのは、子どもがすること、なんですよね。
気分や感情、欲求が、理性的にコントロールできていない証拠だから。
なので、「気分に任せ感情的に振る舞う人」ほど、恥ずかしいよね?子どもっぽいよね? と言われてしまう。

だから、人目を気にすることは、人の気持ちや心情を気にかけることと同じで、どちらも必要と私は思うんです。
ただ、そうした教えの解釈が、ちゃんとできていないんじゃないかと思うんですよね。

*****

とにかく、日本人の自己肯定感の低さは歴史的文化的な背景から生まれているもの。

だとしたら、「低い」理由の裏側に、もしも「謙遜(という美徳)」が隠れてたとしたら、それは表向きには低いと語っているけれども、内心は言うほど低いとは思っていない、でしょうから、そしたらそれだけで「良い」とか「悪い」とかの判断を下すのはちょっと先走りなんじゃないかと。

もう一つ。
日本は昔から、けなすことが愛情の表れ、みたいな風習がありました。
それは、甘やかすと気を許してサボったり怠けるから、叱咤激励しようとするあまり、自分が嫌われようが叱ってあげる、みたいな親心だったり。

面白いのが、そういう価値観が定着していた江戸時代は、同一の政府による長期にわたる政権支配が続いたということで、これは世界の歴史でも類がないこと、なのだそうです。
そして、徳川幕府の時代は、大きな戦らしい戦は起きなかったんです。
それはなぜか。
安岡正篤先生は、当時の武家社会の厳しい躾や教育のせい、みたいにおっしゃっています。
そしてそうした概念がほとんど消えてなくなってきた現代に、家族間で命を奪い合ったり自殺したり、対人関係で悩む人心を病む人が、これほどまでに増えてしまっているのはとても対照的な気がいたします。

ただ、今の時代の、否定のしかた、けなしかた?は、昔とは違う気がします。
優しさや愛情が動機ではなく、八つ当たりやストレス解消でしているような気が。
そしたらそれは、ケンカを売っているようなもの。
言葉の暴力にもなりえると思うんですね。

そうしてやったらやり返して。。。と否定しあいやけなしあいが、グルグルと巡り巡る。
そのせいで、今の世はギスギスと、まるで針のムシロのような辛く住みにくい状況になってしまっているような。

この世や自分の未来に嫌気が差して死にたくなったり、スピリチュアルとかオカルトですとか、現実逃避したくなるのもわかるような気がいたします(霊実在主義のスピリチュアリズムと、スピリチュアルは中身が違いますからねー)。

*****

ということで。

そもそも日本は自己肯定感を持ちにくい国なので、なので欧米と同じレベルで、良し悪しを深刻にとらえようとするのはどうかな?と思います。

それと自己肯定感の高い低いについて、見聞きする機会が多いんですが、けれどこのことを表面的にとらえて闇雲に「高める」ことにばかり躍起になると、他の面まで見えなくなってしまい、偏り過ぎてしまう気がしまして。
高すぎる自己肯定感は、かえって自分勝手さや傲慢さを増長しかねないと私は思うんです。
これがこの日本の中では、敵を作り、自分の居場所を狭めてしまう。

じゃあどうすればいいのか?

それは、どうしたら相手が、自分との会話やコミュニケーションにストレスを感じることなく、愉しんだり喜んでくれるかな? ということに配慮しようとすればいいんじゃないかと。

というのも、そういうことをしてしてくれる人、一緒にいて心地良い人のことをけなしたり意地悪しようとする人はいないでしょう?
もしかしたら、褒めて自信をつけてくれたり、気分が上がるようなことを言ったりしたりしてくれるかも!です。
そしたらこちらの自尊心も損なわれることもないし、自信がついて、肯定感もあがるのでは?と。
自己肯定感って、なんだかんだいっても、人から認めてもらうことの方が、高まりやすいと思うので。

ただそれもバランスが肝心で、今度はそればかりを期待してしまうと、過剰適応みたいなことが起きて、「嫌だけど断れない」とか、人目が気になるということになるので注意と思います。

*****

よく知らない人たちと付き合うのに、恋愛や友だち関係を築いていくのに、今ほど警戒や緊張が必要な時代って、かつてあったんでしょうかね?

でも社会と関わって生きていこうとすると、どうしても、そのような人たちとの接触があります。
しかも相手を(自分好みに 笑)変えるわけにはいきませんので、こちらが自分の意識を変えていくしか他に、つつがなくゆかせる手だてがないんですよね…。