カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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日本は数秘6の国。

こんにちは。

今日は日本のゲマトリアについて書いてみたいと思います。


数秘術が上手くなるためには、キーワードをせっせと覚えて単語の数を増やすことよりも、数の本質を理解することの方が最優先で重要と、私は思っています。

たとえば、 という数字。

6の代表的な象意(特徴)には、「奉仕」「サービス」 というのがあります。

 じゃあどうして6は、奉仕やサービス、なんだ?
 どうしてそれらが、ライフパス6を持つ人の才能や役割、学びになるの?

その理由や原因までわかっているかいないかで、この2つのキーワード(単語)の使い方、伝え方(内容、アドバイス)はがらっっと変わります。
そして、"答え" はカバラのセフィロトの中に隠れています。


ところで、日本は6の国(のエネルギーをもつ国) というのはご存じでしたでしょうか?

検索して調べてみるとそう書いてあるページは結構出てきます。
ですが残念ながら「なぜそうなのか?」、理由や根拠は見あたりませんでした。

そこで、私はと申しますと、ゲマトリアの結果だから、です。

日本の英語名は、Japan です。
(ちなみに基本的に日本名でのリーディングは無理があるので私は否定派です)

そして私が使っている文字の変換表(いくつか種類があります)を使って、Japan を数字に置き換えますと、1+1+7+1+5=15= になります。
つまりゲマトリアでは、日本という国は数秘6に該当する、ということになります。

一方で、日本(国や国民、歴史)の特徴を考えてまいりますと、やはり6の特徴と符号します。
たとえば「和を重んじる」とか「あいまいさ」の文化、ですとか。
なので私は 「日本は6の国です」 と公言しています。

こんな簡単な説明だけでは腑に落ちないかたもいらっしゃると思いますが、詳しい解説はまたおいおいしてゆきますね。


ところでその6という数字(の本質)ですが、つかみにくいしわかりずらい、と良く聞きます。
私も最初はどうでした。
でも、最後は勉強と経験の積み重ねのおかげで、今はすらすらと出てくるようになりました。
そしてこちらの本にも、6を知るヒントになるようなことが書かれてましたので、そこからご紹介してみたいと思います。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく

河合先生は、日本にユングの分析心理学とか箱庭療法を広めたり、また臨床心理士資格の制度を作ったかたで、文化庁長官もされていた心理学者です。
残念ながら数年前に亡くなられています。

ちなみにお二人はアメリカ時代にすでに知り合っていて、それからお友達だったようです。
村上さんは数年間のアメリカ生活を終えて日本に帰国し、その足ですぐに河合先生に会いに行ったそうで、この本はその時からの対談をまとめたもののようです、

ところで、お二人ともアメリカで暮らした経験があるというところから、アメリカ人と日本人の文化や習慣の違いを比較して語ってらっしゃる箇所があります。
ここを読んでいて、6のあいまいさ が生まれる理由がもっとはっきりわかったような気がしました。

それでは本の一部をお借りしてみます。


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河合(以降はKとします)
「震災(阪神のです)のときに日本の若者がコミットしてやってきたボランティアの活動と、アメリカなどでやっているボランティアと、行動がどのぐらい違うのか、同じなのかということは、興味あるところですね。
日本の場合は、どうしても、コミットしだすと、みんなベタベタになるというところがあるのです。
一丸になってしまうという」


村上(M) 「それはたしかに学生運動の時もそうだったですね」


K 「だから学生運動のころに、ぼくがよく学生を冷かしていたのは、きみたちは新しいことをしているように見えるけれども、体質がものすごく古い、ということですね。
あれは面白いですね
みんなが集まるというときに、ちょっとサボっていると、お前は付き合いが悪いとか。

つまり、個人の自由を許さなくなるんですよ。
全体にベタベタとコミットしてるやつが立派なやつで、自分の個人のアイディアでなんとかしようとするやつは、それは異端になってしまうでしょう。

ところがその点、欧米のコミットする人は、個人としてコミットしますからね。
来るときは来る、来ないときは来ないという風にできるんですよ

それぞれにいろんな事情をもってボランティアに参加していても、週に三回来られる人と、一回しか来られない人がいて、三回来られる人がいばる、というのが出てくるんですね

省略(※ この後、阪神大震災のPTSDの話になる。 河合先生いわく、欧米人よりも日本人の方がPTSDに陥る人が少ないとのことでした)

もちろん日本人でもある程度はあるのですが、日本人の場合は衝撃を個人で受け止めなくて、全体で受け止めているのですよ。
だから家庭内でブツブツケンカしたりとか、そういう形で出るのですね。

ところが、そのなかの誰かが神経症的な症状をはっきりと露呈する、ということは少ないのです。
症状を出してくる人が少ないということは、つまり、がっちり一人で受け止めて悩む力がない、という言い方もできるのです。

ふつうは自分なりに処理しようとして失敗するから、症状として出てくるんですが、(注 日本人の場合は)それを自分で処理しないで、みんなに分け与えるから、お前がもう少ししっかりしてくれたらなどとお互いに言い合っているのですね」


M 「それはレスポンシビリティー(責任感)ということと関係があるのではないでしょうか?



K 「そうなのです。
レスポンシビリティーにも、個人のレスポンシビリティーと、集団のレスポンシビリティーとあるでしょう。

日本は集団というか、場のレスポンシビリティーですからね。
だから、神戸に地震が起こったということを、なんとなく神戸全体で受け止めているのです。

ところが欧米人の場合はあくまで個人のレスポンシビリティーですから、それをまたグッと受けとめて辛くなった人はノイローゼになってしまったりするんですね」


M 「でも、なおかつそれを乗り越えていける人が強くなるのですね」


K 「そうです。

(省略)

アメリカには途方もない気の毒な事例があるのですね。
日本だったらいまのところあまり起こっていないようなケースなんです。

父親が子供を捨ててどっかに出て行ってしまい、続いてお母さんもまた子供を放って好きな人と結婚したりして、本当に天涯孤独になったり、それから両親と住んでいることになっているんだけれども、実際は血のつながりもない、といった例もある。

両親が離婚するとき、お父さんにくっついて行ったら、そのお父さんは別の女の人と再婚した。
ところがそのお父さんはまたどっかへ出て行ってしまう。
女の人がまた別の人と結婚したりすると、まったく自分と血のつながりがない両親といることになるのです。

そういう子なんかはまったくものを言わなくなっちゃったり、暴れまわって、めちゃくちゃやってるんですよ。
ところが、それがまた治っていくんですよ、すごい力でね。

日本人の場合は、もう泣いて不満をいうばっかりの人がいるんです。
なぜわたしだけがこんな不幸なのか、といっていてね。

結局自分で乗り越えるしかない、というふうになかなかならないのです。
だって、責任はみんなにあるわけだから。

『わたしの不幸をなんとかしてちょうだい』 という格好になるから、なかなか治りにくいのですね」