カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(3)

日本のスウェーデンボルグと丹波さんが遺してくれた死後の世界(1)) はじめに&出版までのいきさつ
霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(2) 戸田武と池田ふみの生涯
霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(4) 詐欺師、ヤクザの男、高校生カップルの生涯
霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(5) 何もかも自由な霊界で、個人の真の霊性が現れてくる
霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(6) 低級界に向かう人々の変化の様子
霊界旅行(丹波哲郎著)から ー 事故犠牲者の死後の様子(7) 地獄のような場所へ


お借りしている本です。
続 丹波哲郎の死者の書 ― 霊界旅行  中央アート出版


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バスの犠牲者のうち、24名が、(中間境)の、白い大きなテントのような場所に集まり、霊的教育や、全員の生涯が、霊界の他の霊たちも含め、全員の目の前でスクリーンに映し出される "儀式" が始まっている(死後、霊界までの移動のプロセスをご存じないかたは、前の記事 をご覧になってみてください)


●(ケース3) 建築業ー河瀬義行(享年21歳)の過去の像

少年航空隊から戻ってきてから、酒浸りになる。
熱烈な報国少年だった彼は、神風特攻隊に憧れ、少年航空兵を志願する。
が、終戦を迎える。
自暴自棄になった彼は、その深い挫折感を紛らわせるために酒を飲み、おめおめと生き残ったふがいない大人たちをののしり、また酒を飲んだ。
最初は同情的だった周囲も、そのうち昼間から酒を飲んで暴れる彼に眉をひそめるようになり、やがて彼を疎むようになっていく。

日が経つにつれエスカレートしてゆく息子に、建設会社を営む父親は意を決して、精神科に入院させることにした。
彼に内緒でその手続きを済ませ、翌日に入院を控えていたとき、父親は息子の訃報を知らされる。

義行は死の瞬間、彼が幼い時に亡くなった母の名前を呼んでいた。
それがスクリーンに映し出された時は、さすがに一同、声もなかった。



●(ケース4) 呉服商 - 富井つや(享年42歳)の過去の像

つやの生家は、松山・道後の娼家(※ 売春宿)だった。
女学校に入るまで、自分の家の家業が人にはばかる商売だとは少しも思っていなかった。

それまで何不自由なく育てられてきた彼女にとって、それを知ったことは大きな衝撃だったし、深い痛手を受けた様子がスクリーン画面からもありありと見て取れた。

やがて女学校を終えた彼女は、大阪の看護学校に入る。
親の業深い稼業を、自分が人のために尽くす仕事をすることで、少しでもつぐないたいと、乙女らしく思い詰めた表情がいじらしかった。

そのうち戦火が激しくなり、つやは従軍看護婦を志願する。
始めは中国の京城の軍病院に派遣され、そのうち満州の大連に移動していた。
そして、白い天使などという美辞麗句とは程遠い、凄惨な体験を何度もさせられた。
それでも彼女は、自分はまだまだ恵まれている、と必死でがんばった。

その後終戦を迎え、命からがら生家に帰り、高知の呉服商の男性と結婚。
とりたてて特徴のない、温厚なだけが取り柄の男だったが、つやはようやく、安住の場所を見つけた思いだった。

そのうちつやは見る間に太り始めるが、一方で夫は次第に痩せてゆく。
そのうち、病であっけなくこの世を去ってしまう。
わずか半年の結婚生活だった。

つやは夫の跡を継ぎ、呉服商をつづけた。
夫の三回忌を終えたころには、さすがに疲れ果て、療養のために夫を行かせるつもりだった温泉へ向かおうとして、このバスに乗る。



●(ケース5) 学校保険医 - 五十嵐博(享年34歳)の過去の像

彼の両親は博の教育には熱心ではなかった。
彼は両親の温かいぬくもりを焦がれつつも、常に満たされない思いを内向させながら育つ。
しかし頭はよくて、中学、高校と(当時の)エリートコースを辿り、医者になった。

父の縁で、高知市内の中学校の学校保険医となり、仕事ぶりは熱心だった。
けれども鼻もちならないほど自尊心が高いところもあった。

本来なら自分は中学校の保険医なんぞで収まる人間ではない、ということを、事あるごとに同僚の教師に示そうとした。
そのくせ、校長や教頭、市の教育委員などには手のひらを返したように低姿勢だった。

私生活では女性に対して、あきれるほど不器用だった。
その反動か。バーの女給や娼婦など、社会的地位の認められていない女性に対する態度は、人間以下の動物扱いをしていた。


そんなおり、偶然、野村時枝を知ったのである。
(時枝さんとは、この儀式が始まる前に、赤ん坊を抱いてテントから出た女性です 前の記事を参照のこと)


彼は一目で16歳の時枝の肢体にほれ込んでしまった。
時枝にすれば、たまたま母校を訪ねたのが身の不運だった。

薄暗い中、帰路を急ぐ時枝の跡をつけていった五十嵐は、人気のない場所で、彼女を襲う。


彼は、いささか精薄であるともに色キチガイでもあるという、時枝に対する根も葉もないうわさを信じていた。
そして彼女なら何をしてもかまわないという無責任さが愚行のバネとなり、学校保険医という立場を忘れさせていた。

それでもしばらくの間、時枝が泣きついてくるのでは?と戦々恐々としていた。
しかし、ふた月も過ぎても大丈夫とわかると、けろりと忘れ、そればかりか味を占めて、その後の2年間に何度か別の少女をレイプしようとした。
が、どれも未遂に終わっている。


そして時枝は博の子を身ごもり、赤ん坊が生まれる。
(ちなみに彼女は、バス事故被害者の中で最も早く、そして簡単に、この儀式を終えたのち、誇らしげにこの場を立ち去っている。生前の彼女は、父親がわからない子供を産んで世間から白い目で見られていた。またそのことで彼女は、色情狂という中傷を受けていた。少し知能が劣っていたが、純粋で、潔癖で、辛抱強い聖女のような女性だった。 戦時中に両親を亡くし、理解の薄い親戚に引き取られたせいで、少し陰気で内気になっていたようだ。そして18歳の時、赤ん坊とともにバスに乗り合わせ、二人とも絶命する)


けれども五十嵐は、時枝が自分の子供を身ごもったなどとは、ついぞ知らなかったのである。


(続く)