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カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

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ダ・ヴィンチはどのようにして技術を極めていったのか- Part1

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こんにちは。

今読んでいる本の中に、レオナルド・ダ・ヴィンチの生い立ちが書かれていました。
本のテーマは「極めること」ですので、ダ・ヴィンチの才能がどんなふうに開花し、またさらに磨かれていったのか?という視点でストーリーが述べられています。

私は名前は知っていましたが、こうしたことは全く知りませんでした。
なので「そこまでしてたの?」って驚きのエピソードがいくつも。

言葉が悪くて申し訳ないですが、昔から、「天才と気狂いは紙一重」といわれてきました。
この本には他にも、アインシュタインや進化論のダーウィンといった、その分野でよく知られる人たちの伝記が取り上げられています。
それを読んでみても、その分野を極めた一流の人たちのずべてが、おそらく生前「あの人、頭は大丈夫か?!」「変わってる」と周囲から変人扱いされたり心配されていたのは間違いないだろうと思えます。
もちろん、ご本人たちはそうした声に耳も貸さなかったからこそ、自分を貫いて、あのような偉業を成し遂げられたわけですが。

そしてその中でもこのダ・ヴィンチは、「いくらなんでもそこまでしなくちゃいけなかったの?」と思えたほど、紙一重の猟奇さで、ちょっとぞっとしました。けれど、そこまでしなければ、あのようなレベルに達することはできなかっただろうと思います。

ちなみに、ダ・ヴィンチの数秘です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

1452年4月15日生まれ

過去ライフパス22未来

科学や芸術方面で、いまなお語り継がれるほど革命的な進化をもたらしたのは、さすがライフパス22さん。
そして、並外れたバランス感覚や絵画のセンスも、過去数の6と、ライフパスがマスター数22であったことから、私は納得です。
また、彼が絵画へのあくなき情熱と探求心に駆られ、周囲から気味悪がられ引かれてしまうような大胆な行動も辞さなかったというのは、マスター22らしい気がします。
またカバラのバイオリズムで観てみると、彼の画家としての素地を作った「ヴェロッキオの工房への弟子入り」をした年、つまり才能が開花しはじめた年は、彼の全生涯で三回迎える大転換期のうちの、一回目の年でした。

ということで、こちらの本を参考にしています。

マスタリー: 仕事と人生を成功に導く不思議な力

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公証人の仕事をしていた父のもと、非嫡出(つまり跡継ぎではなかった)であったレオナルド・ダ・ヴィンチは、高い教育を受け、知的な職業(たとえば医者や弁護士のような仕事)に就くことを許されていなかった。

そのため、フィレンツェに近いヴィンチ村で過ごしていた少年時代の彼は、正規の教育をほとんど受けてはいなかった。
毎日田園を歩きまわったり、村の外の森林地帯を探検したりして過ごしていた。
そうして野山の住む多様な生物や、風景の一部としての印象的な岩石層や滝に、次々と魅了されてゆく。

ところで、父の仕事柄、彼の家には当時貴重品だった紙が豊富にあった。
そこで幼いレオナルドはそれを家から持ち出しては、外でスケッチをしていた。

『岩に腰かけ、目を奪われた昆虫や鳥や花を描いた。指導を受けたことは一度もなかった。
見たものをただ描いているうちに、それらを紙に記録しようとするなら、深く考えなければならないと気づいた。

見逃しがちな細部に注意を向けなければならなかった。
たとえば、植物をスケッチするうちに、花の種類によって雄しべが微妙に違っていることに気づき、それぞれの形の差がわかってきた。
草本が花開くまでの変化に目を留め、その変化を、連続した絵として描いた。
何が植物に生命を与えるのか、何かそれぞれの違いを生み、何かそれらを生き生き見せるのか、細部をじっくり観察することで、つかのまの認識が得られた』

そうして身の回りにある"さまざまなもの"を描いていくうち、彼の中で、考えることとデッサンすることが融合していった。

息子のデッサン力に驚いた父親は、当時のフイレンツェに多数あった工房に、見習いで奉公に出すことにした。
当時、『美術制作は、非嫡出子の男子にひらかれた数少ない専門職の一つだった』

1466年、14歳のレオナルドは父のコネで、芸術家として名を馳せていたヴェロッキオの工房に見習いとして送りこまれた。
そしてそこは彼にぴったりの仕事場だった。


ヴェロッキオは弟子たちに、科学者のように真剣に作品に取り組むようにと教えた。
たとえば、工房のあちこちに置かれた人体の石膏模型に、さまざまな布地がゆったりと掛けられている。
弟子たちは意識を集中させ、ひだの形や影を認識し、それを写実的にスケッチするにはどうすればよいかを学んでいった。
そしてレオナルドはこうしたやり方が大好きだった。
またヴェロッキオもすぐに、まだ若いレオナルドの、細部にまで目を行き届かせようとする並みはずれた才能に気がついた。

6年後、メキメキと腕を上げたレオナルドはヴェロッキオの最高位の弟子になる。
かなりの裁量を与えられ、大作を描く際にも参加した。
そしてヴェロッキオの『キリストの洗礼』では、横にいる二人の天使のうちの一人を描いている。
これは、レオナルドが手掛けた、現存する作品のうちで最も古いものである。

レオナルドが担当した部分を見たヴェロッキオは仰天した。
天使の顔が素晴らしい出来栄えで、まさに内側から輝いて見えたのだ。
表情が豊かで神秘的なくらい真に追っていた。

『ヴェロッキオには魔法のように見えたかもしれないが、最近のx線研究により、レオナルドの初期のテクニックの秘密がいくらか明かされている。
彼が塗った絵の具の層は非常に薄く、筆の跡は見えなかった。
下の色よりほんの少しだけ暗くした絵の具を、だんだんと塗り重ねてあった。
この技法を用い、さまざまな色を試しながら、彼は、人間の繊細な肌の色やキメを表現する方法を覚えていった。
絵の具の層が薄いため、光は天使の顔を透過し、内側から光を放っているように見えた』

(それがこちらの絵ですね。ちなみにダ・ダヴィンチはまだ20歳くらいでした)
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彼はこの工房に6年いる間、絵画について熱心に研究し、繊細でキメや厚みまで実物そっくりに見える塗り重ね方を開発&習得していく。

『また、長時間かけて、人間の肉体構造も研究したにちがいない。 とてつもない忍耐力を持っていたレオナルドは、非常に細かい作業が大好きだった』。

そして、ヴェロッキオの工房を離れたのち、芸術家としての名声を得てゆきます。

続く。


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