カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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ダ・ヴィンチはどのようにして技術を極めていったのか- Part2

前回の続きです。

kabbalah-suuhi358.hatenablog.com

こちらの本を参考にしてまとめています。

マスタリー: 仕事と人生を成功に導く不思議な力

ところで、この本の著者であられるロバートさんも本の中で書いてらっしゃいますが、天才と呼ばれるほどの活躍をされた人たちの多くは(というかたぶん100%)、長い下積みや挫折・失敗といった試練や努力をへて、そのような確固たる地位や名声を手に入れてらっしゃるはずと、私も思います。

『自分の好きな事を仕事にし、毎日ワクワクしながらつつ楽しく働き、もちろんプライベートも抜かりなく。それでお金を稼ぐだけでなく成功した人(しかも一時的じゃない)』って、いらっしゃらないと思います。

天才といわれるダ・ヴィンチも、確かに生まれつき人とは違う独自の好みや考え方を持ち、またそうした個性を開花させるような環境にも恵まれて育ったようですが、かといって練習も勉強(研究)もろくすっぽしないで遊んでた、ほしいものはなんでも簡単に手に入れられた、のではありませんでした。

足が生まれつき速いからといって、一流のプロのアスリートにはなれない。
歌がうまいからといって、プロの歌手に、しかも人気歌手にはなれない、んですよね。

「我慢なんてするな。わざわざ自分から苦労することなんてない。そんなやり方は時代遅れだ」
「コンピュータやネットを駆使して情報を集め、その中から有用な知識や要点を絞り、それら
 をかたっぱし から覚えていくのが今風で効率が良い、賢い学び方だ。
 できるだけ時間をかけず、効率よく学んだり作業したほうが手っ取り早いし、それでも世間
 に通用する。実践経験なんてたいしてなくても構わない。
 口や態度でうまくごまかせ。 気にするな。 なんとかなる」

ロバートさんも、本の中で、そうした昨今の風潮に警鐘を鳴らしてらっしゃいます。
覚えただけでは(記憶がよく知識量が多いだけでは)、決して技術はマスターできない、と。
けれど、問題は、最近の学校の勉強は覚えるほうに重点が置かれているため、考える力が育ちにくい教育環境にある、ということ、だそうです。

マスタリーができる人、つまり達人と呼ばれる域に達することができる人は、むしろ、観察力や考える力、想像力にたけているようです。
別に一流になれなくても、けれど自分の仕事で充実感や達成感を得られる域に達するには、やはりコツコツと遊ぶ時間や寝食を忘れて没頭するほど、のめりこむくらいでなければならないと。

ロバートさんいわく、最短で1万時間の下積みをして一人前に、そして2万時間を超えると達人の域へと入り始めるようです(それを裏付ける科学的な根拠も書かれてました)
一日10時間で、一年で3650時間。
ということは、3年はかかる、ということですね。
「石の上にも三年。とりあえず三年はやめないでやり続けなさい、我慢しなさい」と、昔から日本で言われてきた事は世界共通だったんですね?(笑)

ということで、我慢強さも必要不可欠で立派な才能で、これなしでは天才も達人も生まれないっていえるかもしれません。

前置きがすっかり長くなってしまいました。
それでは本編をどうぞ。

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レオナルドはいつしか、自らの制作活動における(後には科学研究につながる)信念を持つようになる。

ほかの芸術家たちが新たに作品を創る際、一番に心がけていたのは、世間をあっといわせるような衝撃的なもの、または心に訴えかけるような作品を作ることだった。
けれども彼のやり方は違っていた。

『彼は、まず細部を熱心に見つめることから始める ―― 鼻の形、気分を表わす口のゆがみ、手の血管、本の複雑な節目。
こうした細部が彼を魅了した。
細部に注目し理解することによって、生命の秘密そのものに近づいていると、そして、あらゆる命あるものやすべての物質に自らの存在を吹きこんだ神の行為に近づいていると信じるようになっていた。

手の骨や人間の唇の輪郭は、彼にとっては、神を感じさせ、霊感を与えてくれる形だった。
絵を描くことは、すべてのものを活気づける生命力を知るための探究の旅だった。

観察して描くことによって、感情あふれる本能的な作品を生みだせると信じていた。
そして、この探究を成功させるために、一連の練習課題を考案し、厳しい姿勢で取り組んだ』

レオナルドは日がな、町なかや田園地帯をくまなく歩きながら、自分の目に映る世界のありとあらゆる細部に注目した。
見慣れてありふれたものの中に、新たな何かを見いだそうとした。
就寝前には、その日見たさまざまなものをその細部まで思い出し、記憶しておこうとした。

特に、人間の顔を覚えることに夢中になった。
売春宿、宿屋、牢獄、病院、教会の祈祷所、農村の祭り・・。
様々なタイプの人に会えそうな場所には精力的に足を延ばした。
その際は常に紙を持ちあるき、しかめつらや笑い、苦痛、喜び、好色など、彼らの表情をスケッチした。

『一度も見たことのない類の顔や、肉体的な奇形を町で見つけると、その人たちのあとをついていって、歩きながら写生した。
一枚の紙を、いろいろな形の鼻の側面図で埋めつくした。
目と同じほど表情豊かな唇に、ことに興味を持っていたようだ。
こうした絵の練習を、一目の異なる時間帯で何度も繰り返し行ない、変化する光によって見え方の異なる人間の顔を確実に記録しようとした』

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手の習作


”最後の晩餐”を制作していたときのことだった。

レオナルドのパトロン(援助者)だったミラノ公は、絵の完成があまりに遅いことにいらだつ。
完成まで、残すところユダの顔を描くのみだったのだが、その顔にふさわしいモデルがどうしても見つからなかったのだ。

そのため、レオナルドは自分の身の危険も顧みず、ミラノで最も危ない場所を訪れては、ユダにふさわしい卑劣な表情を探そうとする。
そんなレオナルドの執念と説得にミラノ公も根負けし、待つことに。
(※当時は画家が自分の後援者に逆らうなど、もってのほかでした)
やがてモデルは見つかり、絵が完成する、といったエピソードもある。

『彼は、これと同じ厳しさで、肉体の動きを絵で表現しようとした。
生命とは、動きの連続と絶え間ない変化であるというのが、彼の哲学だった。

芸術家なら、力強さを感じさせる動きを静止画で表現できなければならない。
若いときから、水の流れに魅了されていたレオナルドは、滝や落水や急流の一瞬をとらえるのがとても上手かった。

人間を描くときは、町の隅に腰をおろし、通り過ぎる歩行者をながめて何時間も過ごした。
その人たちの動きをストップモーションで連続してとらえ、輪郭を大急ぎでスケッチし(驚くべき速さでスケッチできるようになっていた)、帰宅してから、そのスケッチを完成させた。

動くもの全般に対する"目"を養うため、さまざまな練習方法を開発した。
たとえば、ノートに次のように書いている。

”明日は、厚紙をいろいろな形に切り抜いて、テラスの上からそれを落とす。
そして、落下する瞬間のそれぞれの形を描きとること” 』

そんな風に、「細部まで生き生きと、本物のようにリアルで精巧に描けるようになる」ことに執念を燃やすダ・ヴィンチはついに、周囲も驚く行動に出るようになります。

続く


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