読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

● 当ブログコンテンツの(出典先を明記しないままの)無断転用・引用は固くお断りいたします ●


カバラ数秘術 ― スウェーデンボルグが語る生命の樹

  ■ 数秘術よもやま話

こんにちは。

私がしている数秘術のスタイルでは、カバラ思想の生命の樹/セフィロト(の樹)の概念が欠かせません(カバラに限らず、数秘術つまり数字の意味を解釈する方法はいくつもあります)。

このカバラのセフィロトの樹というのは、10個の球(スフィア)が22本の線で結ばれてできた図形です。

f:id:kabbalah-suuhi358:20150922153232p:plain

また、セフィロトは人間の霊性の進化成長を表した図、とも言われていて、それは東洋の曼荼羅図と内容がよく似ている気がします。

セフィロトの中にバランス良く配置されている各スフィアにはそれぞれ、1から10までの数字があてがわれています。
そしてリーディングを行う際は、スフィアの数字(普遍数)の情報を元に解釈してゆきます。
時に、カバラ思想が含まれた数秘術は。

ところで、このセフィロトもカバラもあまりにも古いものなので、誰が最初に使い出したのかは不明です。
また、セフィロトの解釈もたくさんあって、中には真っ向から対立するものもあります。
それはそもそも図形が何を意味しているのかという解釈が多様であり、誰にも正解(真理)がわからないからと思います。
なので私の場合は、自分自身の知識や経験を元にした"自分基準"で、自分が最善/最多と思えるものを選択し、採用しています。
ですから、もちろん、私とは異なる意見や方法があるのも当然!、と思っています。


さてそのセフィロトの樹、つまり生命の樹ですが。
先日スウェデンボルグの本を読んでいたら興味深いことが書かれているのを発見。
私も勉強不足でこの時初めて知ったのですが、生命の樹の対として、知恵の樹というものがあったんですねー?
けれど数秘的にはこの知恵の樹の存在は(鑑定をする際は)意識してみる必要がなさそう。
ただ、生命の樹と知恵の樹の関係性は知っておいたに越したことがない気がします。

そこで今日は彼の本から、知恵の樹についての記述をご紹介してみようと思います♪
エマニュエル・スウェデンボルグの霊界(3)

******

旧約聖書の『創世記』には、かの有名な一文が書かれています。
意訳をすると

エホバ(※ヤハウェ)はアダムに、エデンの園を与え、そこを管理するように言った。

そしてさらに、「エデンの園にあるどんな木の実も食べて良いが、善悪を知る樹(知恵の樹)の実だけは食べてはならない。なぜなら、その実を食べたその日のうちに死んでしまうからだ」

と言った。


という記述です。
でもアダムとイブが食べちゃって追放されるんですよね。
そして "知恵の樹" という言葉はこの時初めて登場するそうです。

さてこの知恵の樹は、そもそもエホバ神が人間たちのために、生命の樹とペアでエデンの園に植えた、ということになっているらしいです。
ではなぜ、その実を食べると死んでしまうような知恵の樹をわざわざ植えたのか?
スウェデンボルグはその理由をこんな風に書いています。

①聖書は、人間が堕落し始めたせいで書かれた。 けれどそれ以前の「(霊格が)黄金時代」の人たちは、この教え(例え)の裏にある本質を理解できていた(知っていた)ので、わざわざ書き文字にする必要はなかった。

②知恵の樹は、生命の樹と同じくとても大切な樹だったので、なのでエホバはエデンに植えた。

③人間の堕落が始まる前は、知恵の樹は必要な樹ではあったけれど、まったく危険な樹ではなかった。 危険な樹になってしまったのは、人間が堕落してしまったせい。


ちなみにご存知かと思いますが、こうした話は、人の心(霊性)のありようを何かに例えてわかりやすくし、そしてそこから学ばせようとして「作られた話」です。
これが実話だったかどうかにこだわるのは意味がありません。
気を付けるべきことは、その話の裏に隠れている、「語り部の意図」のほうです。


******

スウェデンボルグはさらに、生命の樹と知恵の樹とは何か?について説明しています。

そもそも「樹木」は知覚能力を示すものであり、なのでこの2種類の樹は、人間にとって必要不可欠な知覚能力を表現している、そうです。
そして2本の樹の違いは、生命の樹が「人間の命の本当の源・故郷である、霊的なことや天国(霊界)などについての知識・感覚」 を、そして知恵の樹は「地上(地球=人間界)で生きるための知識・感覚」を表現していること、だそうです。

さらに彼いわく、人間の肉体の知覚、そして心(精神)の知覚。
そのどちらにも、「霊的(スピリチュアル)」「精神的」「肉体感覚的」「肉体(機能?)的」といった4つのレベルがある。
そして、この4つがバランスよく機能していることが、私たち人間にとって理想とする健全な状態であり、真の幸福というのはそうなって初めて得られるもの、だそうです。

つまり、人間の肉体の感覚機能(五感)を通して感じたり考えたり、そうして人は自分の体験から生きる知恵を増やしていくことで、地上生活を全うできる。
そこで知恵の樹はこのことを表現しているシンボル(表象物、イメージ)。
例えばお金のこととか食べ物、住居、健康問題、物質的な豊かさに関する考えかたや価値観はこちら担当、ということでしょうか。

一方で、生命の樹は、人はそもそも霊であって、霊は地上に降りて肉体を持つ事で様々な体験をすることで、自分の霊格をあげようとしているということを表現しているシンボル。
と言えるかと思います。

となると、私たち人間が地上で完全に幸福な生活を送れるようになるためには、この二つの樹は必要、ということになります。

ではここから先の説明については、本の一部をお借りしたいと思います。


知恵の樹は生命の樹と比べれば、外面的な知恵に関する樹である。
霊的知覚よりも肉体的知覚などは外面的なものだから、これは誰にも理解できよう。

しかしこの外面的な知覚も、人間にはバランスの上だけからでなく、人間の自由(地上での生き方を自由に選べる?)という側面からして大切なものであった。

もしも人間に自由が与えられてなければ、単なる自動機械、操り人形になってしまう。
そして、例えば彼が地上のさまざまなことを見聞きしてあれこれ判断するのは、それが物質界上な体験であるだけに、彼の精神的・肉体感覚的なレベルで起きている。

この場合、彼は自分の自由意思によって判断を下し、その判断に基づいて行動をする。
少なくとも外面的にはそう見える。

そしてそのように、外面的には彼が自由の権利をもっているようにさせているのは、「天の理(神)」の知恵や愛情によるものである。
そうでなければ彼は、自由のない、操り人形のようになってしまう。
人間は自由という大きな権利を与えられているのである。


さらに、

生命の樹の実を食べるということは、「天の理」からその生命と叡智を直接受け入れる、ということ。
知恵の樹の実を食べるということは、人間が自分の知恵によって物事を理解する、ということ。


だとスウェデンボルグは続けます。
そして、「自分の知恵によって物事を理解した」と考えることの中に、人間の自由があって、その自由の意義は極めて大切であると言います。

ちなみに、人間が堕落する前の、霊的黄金時代の人々の場合、彼らは自分の自由意志によって、生命の樹の実の方を選んでいたのだそうです。
そちらの方が本質的には重要であることがわかっていたせいです。

(スウェデンボルグは臨死体験によって霊界に行った際、黄金時代に生きていた霊たちとも出会って直接会話をしていたそうです。また黄金時代とはノアの洪水が起きる前までに、まるで地上の天国のような暮らしが営まれていた時期を言います。 お金も警察も軍隊も政治も必要がなかった、みんなが心豊かで平和に暮らせた時代です)

そして創世記は、そうした黄金時代が終わって、人間が霊的な知恵(愛とか道徳心とか理性とか)から遠ざかり、堕落し始めた頃に書かれたもの。

なので、わざわざエホバ神がアダムに「知恵の樹の実は食べちゃだめだよ」と告げなければ、堕落してしまった人間たちには理由が思いつかないしわからないでしょうから、つい我慢できずに「おいしい」知恵の樹の実ばかりを食べてしまうであろうことをエホバはわかっていたのでそのように忠告をした、というのがスウェデンボルグの意見です。

そして、知恵の樹の実を食べ過ぎるということは、地上生活の知恵(その中身は良くも悪くも)にばかり傾いてしまい、他方で霊的な知恵はどんどん切り離され、両者のバランスを崩してしまうことを意味します。
すると人間はさらに地上での真の幸福生活から遠ざかることになってしまうわけですね。

******

以上です。

カバラのセフィロトと聖書の生命の樹にははっきりとした共通点はなさそうですが、けれどもカバラのセフィロト(特にライフパス数)を意識した生き方というのは、聖書に描かれた生命の樹と同様に、私たち人間が霊性成長を意識して生きることの大切さを語っているという点では一緒のように感じます。


カバラ数秘術と密教占星術 カウンセリング/カバラ数秘術講座
* Hearts in Harmony *□□http://suuhi-counseling358.com/