カバラ数秘術とスピリチュアリズムのBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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生まれた時の冥王星の位置はその人のカルマを意味する?(1)

こんにちは。
昨日の記事について、もうちょっと書いてみたいと思います。
kabbalah-suuhi358.hatenablog.com


私は、「生まれた時の冥王星の配置というのはその人のカルマがどういうものかを象徴している」という風に考えてます。

では、そもそもカルマってどういうものか?
これにについてははっきりした定義はないようです(私の知る限りでは)。

けれどスピリチュアリズムでは、霊たちとの交信記録から「前の人生で自分が悔いを残したこと、やり残したこと、心残りなことがあるから地上に再生してくる」ということは間違いないようです。
なので、私はこれがカルマだと考えています。


実は私たちの多くは(霊格の高い人を除いて)、肉体の死を迎えても、すぐには霊界にゆけません。
その前にやらなくてはならないことがあるためです。
そのうちの一つが、「生前の振り返り(反省会)」です。

私たちは、肉体を離れて幽体(ゆうれい)になった状態で、生前の生涯の一部始終を、ほかの(多ければ)数千の霊たちと一緒に見直して、一つ一つの行いについて考察(反省)をします。

その際、自分がした行為のせいで誰かがどれほど辛い思いをしたか、これをきっかけにどうなっていったか?まで、一部始終の ”映像" を見ることになります。
そして何かあるたびに会場から「なんてひどい!」、「うそつき!」等々、声が飛び交い、全員から一斉に注目されたりといった反応がありまして、するともう恥ずかしいやら情けないわで、いたたまれないほどの屈辱や苦痛を感じさせられるそうです。
けれどそれで初めて自分がしたことが過ちだったということ、そして事の重さに気づくんですね。
ですが、誠実で素直に生きただけでなく、ほかの人や世の中のために善行をし、そうして自然に寿命を全うした人(霊)ほど、反省会もなく、すぐに霊界へと連れて行ってもらえるようです。
(霊界に行く前に、もう一度「死=眠り」を迎えます。 すると幽体が脱げ、そのうちにあった霊体が今度は自分の本体になり、その後霊界へと向かいます)


誠実さ、純粋さ、素直さ、利他心。
霊界では、地上時代にお金持ちや有名人、美人、成功者だったかどうかは関係ありません。
何をどう思ったか?、何をしたか?、生前の生き方が、次に住む場所を決める基準になります。

 
幽界と霊界の一番の違いは、幽界では暴力をふるったりいじめをするような邪霊たちもいるという点です (そのため、地上時代と比べても居心地は大差ありません。 死んだら楽になるという理由で自ら命を絶ってしまうと、「これなら生きてるほうがまだマシだった!」ってひどく後悔する話は、霊界通信の記録にたびたび出てきます)

そして霊界ですが、霊界にはそうした低級霊も、ちょうちょ以外の虫や爬虫類もいないそうです。
さらに、野山も含めてそこにあるものすべてが極彩色のオーラを放って光輝いており、またかぐわしい香りもあたりに漂い、それは美しい場所なのだそうです (昆虫や爬虫類、かえるなどの両生類は霊格レベルがかなり下になりますので、霊界の環境は彼らには合わなくて居づらいからです。けれど幽界にはいます)

またもちろんお金や健康、生死の心配もありません。
気候も暑すぎず寒すぎず常に一定で、ずっと明るく晴れていて、夜はありません(肉体がないので寝て休む必要はない)。
しかも住人は善人ばかりで、環境も清潔で美しく、しかも何不自由のない暮らしができる、まさに天国や楽園なんです。


と、そんな誰もが住みたくなる霊界ですが、もしも「前の人生で悔いを残していること、心残りなこと」、つまりカルマがある場合、霊界では暮らせません。
ですから今生にいる間に、そのカルマをなくす(清算する)よう努力しながら生きるということも、地上に転生してきた大事な目的の一つ、になっています。


つづく


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