読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カバラ数秘術のBlog

静岡在住カウンセラーが、カバラ数秘術と心のケアについて、気ままに書いています。 ちなみにライフパスは33です。

● 当ブログコンテンツの(出典先を明記しないままの)無断転用・引用は固くお断りいたします ●


ひとり反省会



f:id:kabbalah-suuhi358:20170407103802g:plain


ある人からこんな話を聞いた。

「人は年を取れば取るほど知恵がつき、自分の愚かさに対して、もっともらしい意味づけや美化をして(あれでよかったんだと肯定して)、自分自身を納得させようとする。
そうして生涯を終えてゆくことほど愚かで残念な生き方はない。
本当に賢い人は自分の愚かさをよく心得ていて戒めようとするものだ」

そう聞いてがびょ~~~~ん!とショックを受けた。

なぜなら、それはまさに自分自身のことだったから。


不快に思ったことも失敗も挫折も、自分をごまかす狡さにも、そして新しいことに挑戦するよりも諦めたり避ける選択をしたことにも、運命とか神とか宇宙とか愛とか真理とか。
そうした知識を利用してはさも理にかなったような言い訳を仕立てては、自分をかばったり納得させてきた。
しかもそれでいい(正解だ)とさえ思っていた。

ところが、それについて疑問の目を向けてみると、だからこそ "こうだったらいいな" っていう理想や目標と現実がかけ離れてしまったんだなということに気づいた。
いつのまにか、言い訳や(自分への)説得の達人みたいになってしまっている。

そうしてさらに、がびょびょびょ~~~~ん!!!と打ちのめされた(笑)。


私が思う「充実した人生」というのは、どんな経験をどれほどしてきたか? だ。

なので深層意識に潜んでいる怖れ(不安や心配)に負けて、チャンスが来ている時でさえひたすら守りに入って現状維持を選び続けることを繰り返したら、それは結局「ぱっとしない」「ただだらだらと生きていた」という人生を自分で作ってしまっていることになる。

人は、変化が起きると悩み始める。
それは未知なものや体験を恐れる本能があるせい。
だから、冒険するよりも、慣れ親しんだ状態を維持して心の平和を保とうと"守り"に入ろうとする。

もちろん、そういう選択が『正しい』こともあると思う。
けれどそういう時というのは、自分の置かれた状況や自分自身の心身の状態が不安定だったり、弱ってる時くらいだろう。

そうではなくて、もしここで挑戦することを選んでも特に大きなダメージを受けるようではないことなら、むしろどんどんチャレンジしていった方が、たとえ期待通りに行かなかったとしても(失敗)、経験の記憶は残る。
しかも、他の人の気づきや体験談よりも、自分自身が直接体験したものから得られる情報や知恵の方が数倍価値が高いものだ。


50代の自殺率が高いのは、「50年も生きてきたのに、自分は何一つとして、自分や人に誇れるものがない」と気づくことも、理由の一つのような気がする。
それは、私自身も、自分を振り返ってみてそう感じたから。
しかも60代は目前に迫っている。
ますますできることが減ってゆくだろう。

だから、50歳を過ぎると「ボヤボヤしてると時間がない」とばかり、俄然活動的になって、「張り切りだす」人が急増する。
私もそのうちの一人だ。

しないこと/やめることを肯定したり選ぶ理由よりも、うまくいったり経験できる理由や方法を工夫して見つけるような、積極性を身に着けたい。
思い通りに行かなかったとしても、それを笑い飛ばせる度胸とユーモアを鍛えたい。
自分に言い聞かせて「変化」を諦め続けるよりは、成功とか失敗といったジャッジメントを超えて、どんなに小さくても、これまでの自分がしたことがない経験や記憶を増やしたい。
そういう生き方や人生の方が、刺激的で、新鮮で、楽しいし面白いだろうと思うから。


自分には似合わない、自分らしくない。

それは本当に真実なのだろうか?
過去の、ほんの数回の経験から、そう決めつけているだけじゃないだろうか?
実際にやってみたら案外エキサイティングな体験になるかもしれないのに。
その先の未来がもっと素敵に変わるかもしれないのに。


偽りとごまかしの賢人ではなく、自分の愚かさを直視できる、本物の、謙虚な賢人になろう。


もっと良い方へとどん欲に変えていこうとすることはワクワクできて楽しい。
仕事も学びも面白くて楽しくなる。
めんどくさいとかつまらないと思っているなら、それでもしなければいけないことなら、どうして自分から面白くしようとしないんだろう?
やろうと思えばできるはずなのに。

試してみようとするだけならたいした害はない。

変化(の結果)を怖がるよりも、そのプロセスを面白いものにしていこう。
中身がよければ、結果がどうなっても、試したこと(体験したこと)自体に無駄はなく価値があるのだから。
過去を語る時って、そうだよね。


最後にもう一つの気づき。

相手を選ばないで、心を開いて交わっていくと、こういう貴重な話が聞けることだってある。
他にも、内容はともかく、そこから何かしら学べたり得られるものはあるはず。
そして、「苦手」と思ってる人から、自分に足りないものを気づかせてもらえることは案外少なくない気がする。

人でも行動や態度でも、食わず嫌いは、せっかくのチャンスをふいにするのと一緒。
そんな機会、もう二度と巡ってこないかも。
もったいないぞ。

と、自分に言い聞かす。


カバラ数秘術と密教占星術 カウンセリング/マンツーマン式カバラ数秘術講座(スカイプ/対面)

励みになりますので、よろしければ応援ポチをお願いします!


にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 癒し・ヒーリングへ
にほんブログ村