カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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ツバキ文具店



こんにちは。
風がさわやかな5月の週末。

いかがお過ごしでしたでしょうか? ^o^


***


私は子供のころから、ホラーとかむやみに人が殺されていく系や、スプラッター系(残忍系というか)のドラマや映画は、一度も見たことがありません(番宣とかでちらっっと見かける程度はありますよ)。
戦闘シーンや暴力シーンが多い映画も苦手です。

ただ、理由が思い出せないけれど、付き合いでしぶしぶ見たのが『グレートハンティング』という映画。
当時話題になっててすごかったんですね。
けれど、その話題のシーンでは気持ちが悪くなって我慢できず、途中で退席。
そのあとも数日、映像が頭から離れなくて、しんどい思いをしました。

そういう映画の何が面白いのか、どうして『好み』になるのか、いまだにわかりません。

でも好きな理由は人それぞれ。
なので、自分が大の苦手なだけで、「こういうのは精神衛生や道徳上、よろしくない」などと、一般論で語ろうとは思いません(笑)。

あれれ、うぅ、思い出したらなんか胸のあたりがムカムカと吐き気がしてきました(汗
なにせ、鶏肉の皮も、まともに見れない人なので(しかもいつも食べずに廃棄してます 苦笑)。

ここでやめよう。


***


ふうっ。

で、好きなジャンルは、ヒューマンストーリー系。

生き方とか、人生とか、冒険やロマンとか、哲学的で思想的だったりとか。
そういう系はもう大好物で、テレビのバラエティ系もそれ中心です。
かといって、恋愛映画や青春映画、コメディ映画の類は、『普通に』観てます。

人の気持ちとか価値観や考え方への興味が人一倍強くて、そういえば小学一年の時に初めて読んだギリシャ神話の衝撃ったら(笑)

ということで子供の頃から今にかけて、興味や趣味の対象はこっち系。
なので今のような仕事をするようになったのも、しかもその仕事は趣味やライフワークにもなっているのは、自分にとっては自然の流れだったと思います。


****


そんな私が今ハマってるドラマがこれです。
NHKで放送されている、ツバキ文具店です。
www.nhk.or.jp

f:id:kabbalah-suuhi358:20170521131238j:plain
番組の公式サイトからスクリーンショットでおかりしました



残念ながらもうすぐ最終回だそうで(涙)、佳境に入ってきた前回の放送は特に感動し、久しぶりに涙が止まりませんでした。


+++


仕事や人生に疲れ切った息子(高橋克典さん)が、認知症の母親と心中しようとします。
けれど迷ったあげく、子供の頃からお世話になっていた書道の先生(かし子さん。主人公のおばあちゃまであり育ての親。倍賞美津子さん)に電話をします。

そして彼の様子から彼らが今ただならぬ状況にあると悟ったかし子さん。
真冬の暗闇の中、温かい甘酒と羽織るものを手に、二人のもとに走ってかけつけます。
(かし子さんは70代くらいの高齢のかたですよ。 でも「早くいかなくちゃ!助けなければ!」って、一生懸命走ってた)

まずは彼に甘酒を飲ませ、ケープを肩にかけてあげながら、「よく頑張ったねぇ?」と彼の背中をさすり始めると、彼はしゃくりあげたように、声をあげて号泣します。

そして心中を思いとどまるのです。


このドラマの主人公である、鳩子ちゃん(多部未華子さん)は赤ちゃんの頃からかし子さんに育てられてて、お母さんの記憶がありません。
そしてかし子さんはとても厳しかったので、鳩子ちゃんは途中で家を出て、戻ってきたのがかし子さんの葬儀の日、というくらい、祖母のことを嫌ってて、いまだに許せなくています。

そしてさっきの話は、その鳩子ちゃんに、あの息子さんが昔語りをしているシーンでした。

「きみのおばあちゃんは表向きは厳しい人だったけれども、誰より優しい人だったんだよ」、と伝えるために。


+++


私はこのシーンではとくに、祖母のかし子さんに強くひかれてました。

私も、特に切羽詰まった人たちが、最後の最後に、どうしても声を聞きたくなるような、話したくなるような、そんな風に頼りにされ選ばれる人になりたいなと思いました。

同時に、人の一大事の時こそ、余計なことは言わず身も心も温めてあげようとしたり、寡黙な中でのたった一言でその人を癒せたり勇気づけられるようになれたらいいな、とも思ってます。
理想なので、現実の自分はというと、全然遠いのですがf:id:kabbalah-suuhi358:20170505163419g:plain


そしてこうしたことは(かし子さんがしていたようなこと)、たぶん、もっともっと、年を重ねなければできない気がします。

「おばあちゃん」だからこその安心感だとか、温かさ、というか。
支える行為や言葉が理屈抜きです~っと浸透して、しっくりときて、そして(周りからみて)自分が存在する意義や価値も増すんじゃないかなと思えるんですね。

なので、老いることは悪いことばかりじゃなく、こうした楽しみもある。
人づきあいで、癒し癒され。
自分さえ素直に心を開いてゆけば、温かくて穏やかな時間を共有できる人間関係に恵まれて、けれどそれは若くて怖いもの知らずで自信に溢れている若い時には経験できないこと、相手もあるのでとても難しいことと思うんですよね。


****


最近、だんだんとわかってきたことがあります。

確かに、人を支える・助ける仕事というのは、「ここまで」という際限がない分、うっかり気を許して深くかかわって付き合ってしまうと、自分も共倒れになってしまうから、どこかで線引きをして、自分や自分の生活を守らないと。
って、おせっかいを焼きすぎる私は特にこの点には気をつけていました。
それに、自分だって、自分一人を支えるのに四苦八苦してるし。

でも、50代半ばを過ぎた今は、いやそんなに警戒していなくても、今の私なら大丈夫。
なぜなら、これまで築いてきたもの、経験や知恵があるから、それらさえあれば共倒れはしないだろうという、根拠のない自信(笑)がついてきたから。


それともう一つ。

悩んでいる人ほど、自暴自棄になり、まず人に当たり、最後に自分につらく当たろうとする気がします(自死とか依存症とか暴力行為や軽犯罪とかの自罰行為の類)。
でも人格までが変わったわけじゃなく、苦悩がその人の心を 『一時的に』 支配しているからで、それがあまりにも苦しくて辛い。
なので、まるで身体の病気の人が、苦痛でベッドの上でのたうち回り、苦痛を少しでも和らげようとするのと一緒で、苦悩を抱えてる人たちも、ほかに対してわがままにもなるし、荒れもする。

ということは、その苦悩さえなくなればその人は穏やかさや分別を取り戻して、元のような「優しくていい人」に戻れる、ということなんですよね。

「悩んでいる人」とちゃんと向き合ってこれてたら、それがわかるから(困ったちゃんになるのは一時的なことと)、だから諦めずに回復を信じて献身的にお世話してゆけるようになるのかも。

反対に、会話も含めて見た目の様子や雰囲気だけで「厄介だ」と縁を切ったり、あるいは最初は同情から寄り添っていたのに、途中で急に置いてきぼりにしようとする(冷たくなったり)。

特に後者のような付き合いかたほど、その人にとって崖から突き落とされるように、残酷なことはないだろうと思います。
この人は大丈夫と信用させるだけさせておいて、途中で急に、踵を返して離れていこうとする。
捨てられた子猫を拾ってきて、気まぐれに数日かわいがってから、やっぱり育てられないと、別の空き地に捨てる、というようなものです。


ということに気づいたんですね。
自分がうつで荒れた経験をした後で(苦笑)


そう、根っから腐ってるわけではないわけで(けれどもしそうだったら自分自身でしか救えない)、ですから手厚い看護や治療がやって無意味になることもないんです。
むしろ、最後の最後まで、立ち直ることを信じて見捨てずに血の通ったケアをしてあげれば、必ずいつかは元のような優しく理性的で常識的なその人が戻ってくるんです。

これが、いわゆる人生の セカンドチャンス(やり直しのチャンス)を与える、ということなんだろうなぁと。


といった、回復までのプロセスを、例えば精神科医他の先生がたは、体験を通してご存じで、だから、一般の人たちが縁を切って投げ出したくなるような人に対しても、あきれて見放すどころか献身的な対応ができるのかもしれない。
なぜなら、病気が、気難しくて神経質でわがままで暴言を吐いたりと、荒れさせているだけだということをご存じだから。
その献身は決して無駄になりませんので。

"ここ"が、頭ではなく体験的にわかってしまうと、大げさなことをいえば、(人のかかわりの中で)、悩ましいものや怖いものが無くなるように思えます。


ですから私も、この先もっともっと経験を積んで、年も取ったら。
ドラマのかし子さんのように、生きるか死ぬかの瀬戸際の人が助けてコールをしてきた時に、「うっかり深入りしたら面倒だ」なんてことはこれっぽっちも思わないで、老いた体に鞭打っても、あの人を助けようと走ってゆける人になれると思います。


****


数秘術を学びますと、その原理の面で、人の価値観や魂の欲求には大まかに、お金や地位名誉名声を一番に欲しがる人と、人に尽くすことを一番の喜びや生きがいにしている人と、貧乏しても物よりも思いや愛情が一番大事という価値観を持つ人の、3種類に分かれていることがわかります。
そしてそれがその人の、今生の、生きる喜びや目的でもあったりします(数字の種類によって)。

ですから、お金が大事な人には、こころが一番という人の気持ちがわからないし、こころが一番という人にお金を最優先にさせようというのも無理があって、かえってその人から幸せを奪うようなことになりかねない、と私は考えてます。
(しかも、社会的な成功やお金よりも、気持ちや心の満足感が大切という人は、そういう価値観を優先し強みとして活かしてゆけば間接的にお金が入ってきて生活が成り立つから、わざわざ嫌がる心に背いてお金を稼ぐことを優先させなくても、焦らなくても、大丈夫だったりします)


そしてそういう私自身は?というと、人に尽くすこと・心を支えることが一番の喜びや生きがいに感じる「宿命」をもっています。
だから、子供の頃から無意識に、人間らしさや心を題材とした映画や小説、番組ばかり好んでみていたのだろうと思います。

またその場合、売り上げがどうとかお金の計算や社会的な成功を収めることよりも、そうした価値観や対応の質を高めて良くすることに力を注いでいれば必ず、「この人のセッションを受けてみたい」と望んでくださる人たちと出会え、代金もいただけるので生計も立ててゆけます。
けれどそれだけでなく、この仕事や生き方を選んでよかった!思い残すことがない・悔いがない、という喜びや満足感にもつながるという、好循環になっていくと感じています (支える仕事は黒子で裏方ですから、なので物欲があって、競争意識がある人にはストレスが多く、向かない気がします)


またそれとは対照的に、お金や社会的成功が大事という宿命をお持ちのかたは、それを恥じる必要はまったくないと思っています。
なぜならこのタイプのかたがたにとって、人を助けたり世の中を良くする手段が、ご自身で得たお金や名声・地位(権力)なかたたちなので。
ただ、稼ぐための才能もちゃんとお持ちなのに、ご自分でためらいというブレーキを踏んでしまってたり、あるいは自分のために独占しようとしたり。
こうなると、何かとトラブルに見舞われるのが、この宿命をお持ちのかたたち、なんですね。
けれど、得たお金や社会的な地位や力で、誰かの人生を助けようと出し惜しみしないでいれば、それ以上にお金が入ってきて、ますます賞賛される可能性をもつ人たちでもあります。


あわわ、また脱線。

とにかく、ツバキ文具店には誰にも言えない哀しみを抱えている人、傷ついた人たちが、お互いに支えあって癒されていく、温かなぬくもりがいっぱいです。
他には、手紙を書く面白さや奥深さも、観ていて楽しい!です。

久々によいドラマ。
できればこのままずっと続いててほしい、終わらないでほしいと願う私でした(寂


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