カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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火と水。



今日は自分語りしちゃいますよー(笑。


さて。
気の持ちよう、受け止め様。
"それ" はかかわった相手の問題であって、こちらではどうしようもないことってありますよね。

でもだからといって、自分の不愉快さのせいで、そうした相手を頭ごなしにはねのけようとすれば、ケンカになるか、相手を傷つけることに。
それではその人はますます救われなくなってしまう。
なぜなら、そうした言動の裏には、

  「困ってます、辛いです、誰か助けて!」

の訴えが隠れていると思うから。
そして、それがその人が一番言いたいことで、本心だったりするものなのですよね。


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ここまでの道のりはお世辞にも順調なものではなく、数えきれないほどの失敗をしてきたおかげで、最近ようやくちょっとだけ大人になってきたなぁと自分でも思ってまして(思い上がらない程度にね。そこで進化を止めたくないので 笑)。

最近は、無理難題のわがままを言ったりアグレッシブな態度の人に出会うと、その人の、口には出せない苦しさや辛さ(なのでこの方は幸せではないということ)のほうに注意がいって、同情したくなります。


そんなこんなで、自分でもいつのまにか、昔ほど「売り言葉に買い言葉」にはならなくなってきています。
なにより、こういう対応をすることが実際どれほど人間関係で自分自身を悩ませなくて済むか、またどんなに自分が楽か、というのがようやく体感的にわかってきた(腑に落ちてきた)んです。


自分自身以外が荒れている状況や場面ほど、温もりを感じさせる態度、穏やかさ、優しさがモノを言います。

同情も含めて、こちらはひたすら感情的な反応を出さないで、その人を見守るようにして、静かに、淡々と話を聞くこと。

そしてこういう時の静けさというのは、おそらくこの世で一番最強!、天下無敵!!という気がします。


若いころの私はというと、もうとんがってて、そんなことは絶対にできませんでした(笑)。
負けを認めるみたいだし、やられっぱなしで悔しい!(だからせめて一矢報いてやりたい!、だとか)
そして、とっさに、か~~~っと熱くなって、反論したり言い返してしまってました。


****


相手を「気の毒と思う」というと、見下していると取る人がいるけれど、私はそれは決めつけと思うので(だってそうする理由を私本人に確かめてないから)、スルー(笑)

かわいそう、気の毒と『感じる』からこそ、なんとかしてあげたいとか、温かく見守ってあげようとか、そういう考えや行動にスイッチが入るんです。
私の場合。

そんな風に、なんてかわいそうとか、気の毒と、頭の中に言葉として浮かんできた時というのは、どっちの立場とか能力とか人格が、上とか下だとか、まったく考えてもいないんですよ。

そんなジャッジメントを下して先に進もうとすることよりも、「気の毒」と思った瞬間、自分にできることはないか?のほうへと自然に意識が向いてしまってるんですね。
とはいえ、こっちでも熱くなりすぎないように、気をつけてます。
おせっかいが裏目に出たことが多々あるので(笑)

それに、私はそもそも口下手話し下手で、ボキャブラリーがありません。
年齢のせいもあって器用にできません。
なので、「お気の毒」とか「かわいそうに」という表現しか、ほかに良い言葉が見つからないので、そういう言葉を使うしかなく。

さらにいうと、たとえその言葉が不適切だと誰かに指摘されても、それでもその人の辛さをなんとかしてあげたいし、無視したり見捨てられない、という思いや態度は私にとっては事実であり本物です。

なので私自身にとって、正しくて重要なポイントは、間違いなく後者のほうなんです。
(実際どこまでできているかに関わらず。でも相手のために何もしない、気にかけないよりはマシ!という理屈ですよ)


言葉(話し言葉、書き文字)というのは、思いつきで、あるいは真実を隠して、相手に伝えることがいくらでできます。
けれど、「実際に何をしたか? しているか?」という態度(表情や話し方も含めて)や行動は、言葉よりもウソをつかないものだと私は信じてます。


このお仕事をはじめてから、東京時代も含めて、17年目に入りました。
かに座の月(6月下旬から約1か月間)は例年、感情的に揺さぶられやすいように思います。

怒り狂ったカニは、自らは固い甲羅をかぶってしっかり防御しつつ、そしてさらに大きなハサミ(凶器)を振り上げて、丸腰の相手であっても見境なく威嚇したり攻撃します。
けれど、普段のカニはどことなく愛嬌があって、恥ずかしがり屋で怖がりで、シャイだったりして。

そんな風に、弱いからこそ必死になりやすく、すると過剰な反応(反撃)をしてしまいやすいんですよね。


****


怒りの感情を表に露出させてしまうと、後で必ず罪悪感や恥ずかしさといった後悔が生まれます。
それは私もそうですし、人の心理を学んでいくうち、誰もに共通するものでもあるようです。

ですから自分は、その怒りを煽って、表に引っ張りだす側ではなくて、かっかしている人の中にある、燃え盛る炎の上から冷たい水を掛けて溶かして、洗い流してあげる側へと回ろうと思っています。

けれどそれって、自分だけが損をしたり犠牲になっている(我慢する、辛抱する、言いなりになる、自分を卑下している、負けている)のでもなんでもないんですよ。

そうではなく、そうした寛容でぬくもりを感じさせる対応が、結局は、相手だけでなく、自分も一緒に癒してくれることを実感しているからです。
実際、そうした騒動?事?が終わったあとは(切り替えに多少時間はかかっても)、いつものような、平和で穏やかな日常が続いてゆくんですよ。


つまり、情けは人の為ならず、なんです(笑)
けどこういう自己満足なら良いんじゃないかなーって、自分に許してます^^。


とにもかくにも。
自分の過去の人生の大半がそんな印象や思い出になっていくような生き方を、これからもずっと心がけてゆきたいと思います。


今日もいい日でありますように^o^


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