カバラ数秘術とスピリチュアリズムのBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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祖母との思い出。

ゆうべ「思い出のマーニー」を見ながら、祖母のことを思い出していました。
(あのストーリーも、スピリチュアリズムがベースだなと感じました)

それは、私がまだ小さい頃、蒸気機関車に乗って、両親の故郷(福島)へと出かけた記憶にまつわるものです。

当時のことはあまりにもはっきり覚えているので(というか忘れられなかったというか)、4,5歳の頃のことだろうと、自分では特に深く考えずに、そのように思い込んでいました。

けれど、家族旅行をしてたはずなのに、なぜかどの場面でも、妹がいない。
どうしても思い出せないのです (下で、その理由が明らかになります)


****


汽車は蒸気機関車、つまりSLでした。
銀河鉄道999そっくりで、向かい合わせだった座席は茶色く堅い木で出来ていて、座席は濃い青色のビロードで覆われていました。

初めての汽車。

開いた窓から、身を乗り出すようにして外を眺めていると、汽笛が鳴ります。
すると母に、「顔がススで黒くなる」と言い、私はすぐさま頭を引っ込めます。
(のちに母に確かめたところ、確かにそういう場面があったそうです。「あんたはもう嬉しそうにはしゃいでてねー」って言ってました)


場面が変わります。
福島の "親戚の" 家に着きます(と、母から事実を聞くまでそう思い込んでいました)。

山奥の小さな集落の中にある、一軒家。
まるで時代劇に出てくる田舎の家のような、とても古くて、隙間だらけの粗末なつくりをした家。

部屋の中は薄暗く、電気もつきません。
居間には囲炉裏があり、辺りはススで真っ黒でした
そして、木が燃えたあとの香ばしい香りが部屋中にただよっていました。

私は生まれて初めてみる囲炉裏に興味深々。
面白がって灰をかき回してたら、注意されました。

そしてもっと衝撃的だったのは、お手洗いが、建物の外にあったこと。
しかも、周りを板でざっと覆ってあるだけで、扉もありませんでした。
そこの地面に直径5,60センチほどの穴が掘ってあって、両端に、板が渡してあり、そこに両足を乗せ、その上で用を足す、という作りだったんです。
当時は人の排泄物を堆肥に使っていたわけで、つまりトイレというより昔ながらの肥溜めでした。
とにかく、照明がないので、夜は月明かりだけが頼り。
なので、夜そのお手洗い行くのがほんとうに怖くて、ビビッていたのも覚えています。
そしてこの時のことも、去年の母は覚えていて、私の怖がりようが面白かったと笑い転げていました。


それから、私はその家で、蚕(カイコ)を見ました。
養殖をしていたそうで、無数の真っ白なカイコが桑の葉っぱを食べていました。
きれいな虫だなと思った記憶があります。
それと、カイコ独特の匂いもいまだに忘れられません。


ここでまた場面が変わります。

その家では、縁側の向かいの畑で、えさとなる桑やタバコの葉を栽培していました。
そして、家の前に、白い着物と割烹着姿の、中年くらいの女性が立っていたんです。
家全体の外観が焦げたように暗い色をしてたので、白い服とのコントラストが鮮やかで、まるでその人自身がうっすらと光っているかのように見えたのですね。
(※ 他界後はみなさん若返ります。そのため、この時の祖母も40代くらいに見えたのだろうと思います。 実際には70くらいで亡くなってます)


私は、「その人はその家の人で、親戚のおばさん」と、長い間、そう思いこんでいました。
そしてそのおばさんに連れられて、畑のそばに立ち、二言、三言、話をします。
「これはたばこの葉っぱだよ」とか。
私はただ黙って、話を聞いていました。


と、ざっとですが、これがこの旅の記憶です。


****


とにもかくにも、去年、病院の待合室で暇つぶしに母とおしゃべりをしてた時、ふとこのことを思い出して、確かめてみることにしたんですね。
考えたらすでに50年以上経っていて、なので聞こうと思えばいつでも聞けたはずなのに、なぜかその時「聞かなくちゃ」と思ったんです。

そして、このタイミングで聞けてよかった、本当のことがわかってよかった、心から思いました。
また、いろんな意味で衝撃的でもありました。


まず、あの光景の中に妹が出てこなかったのは、まだ生まれてまもない赤ちゃんだったから。
母も出産を終えたばかりのことだったしで、さすがに (いつのことだったかは) 忘れられないと言っていました。

ということは、その当時の私は、1歳9か月くらい ということになります。
そして、断片的ではあるものの、あの時のこと(映像)は、今でもはっきりと思い出せます。
(けれど、そのころの、その旅行以外の記憶や思い出はまったくありません。これだけです)
と、これが一つ目の驚き、です。


それから、なぜそんなタイミングで、新幹線もない時代に、遠くはるばる福島まで出かけたのかというと。
それは、父の母、つまり祖母が亡くなったから、だそうでした。

私を出産する前後に、この祖母はやはり丸一日かけて電車を乗り継いで、福島から静岡へと来て数か月滞在し、動けない母にかわって家事をしてくれていたのだそうです。
そして、私の名前は祖母がつけてくれたのだそうでした (父とばかり思っていたのでびっくり!)

なので母も、お世話になったお姑さんのために、自分は妹を生んだばかりで体が大変だったけれども、幼い子供二人をつれ、家族みんなで父の実家に出かけたのだそうです。
それが、あの、福島旅行だったんです。


それから、あの白い割烹着姿の女性ですが、母曰く「そういう人(女性)はあの家にはいなかった」そうです。
滞在中、会っていないと、断言していました。
また、あの家にいた可能性もないと。

それを聞いた私は、ピン!ときました。

「おばあちゃんだ!」

胸がいっぱいになりました。


ところで、まったくの別件なのですが、別の事実もわかりました。
こちらも "祖母がらみ" です。

母方の祖母は、なかなか妊娠しない母のことをとても心配していたそうです。
が、病気で他界。 それからひと月ほどしてから、母が私を妊娠したことがわかって、母は「おばあちゃんのおかげだ」と言っていました。
けれど、父はというと、私が祖母の生まれ変わりだと疑って、気味悪がっていたそうです。 なので父とは最後の最後まで仲が悪いままだったのかな~とも思いました。


そんなこんなで、私は、ありがたいことに、両方の祖母に助けられてきたようです。
現世では二人に会えなかったし、写真もないしで、どんな人たちだったのかはわからないままなのが残念です。


****


さて、おそらく多くのかたが、「2歳の時の記憶なんて、覚えてるもの?」って疑問に思われると思います。
けれども私自身はちっとも不思議とは思っていませんでした。 なぜなら、退行催眠の現場ではありがちなことなので。


以前私は、催眠療法のセッションをしていました。 主に退行催眠です。
その中で、あるお客さまが、ご自分が2歳の頃のご経験を思い出されたんですね。
後でお話を伺うと、催眠中で薄らいだ意識の中で「私、何を言ってるんだろう? 妄想?」と、私の質問に答えながら不思議に思っていたそうです。 つまり、それまではご自分では全く身に覚えがない体験だったんです。

そして帰宅してすぐにお母様に尋ねたそうです。「2歳位の時に、こんなこと、なかった?」と。
するとお母様は「どうしてそれを?」と驚かれたそうです。

実は命に係わるほどほどの事件だったのですが、あやういところで近くにいた大人に助け出され、事なきを得られたのだそう。 ただ周りの大人たちは、特にお母様は大変ショックを受け、なのでお子さん(お客さま)にもショックを与えまいとずっと隠してきたのだそうです。

そもそもこのお客さまがセッションをご依頼くださったのは、大人になって、ある特定の状況になると、なぜかパニックを起こしてしまうから。 心配したご主人にも背中を押され、その理由を知りたくて、そこでうちに声をかけてくださったんですね。

すると、パニックを起こす状況と、ご自分が経験された2歳の時の状況とはとてもよく似ていることがわかりました。 そして当時のことを思い出しさまざまな事情が理性的に理解できたそのお客さまは、二度とパニックを起こさなくなられました。


その他にも、催眠療法を習っている時も「1歳2歳のころの記憶も残っている。思い出せる」と先生からうかがっていましたこともあり、なので私は、自分が1歳9か月のころの出来事を鮮明に覚えていたということを、不思議とも特別なこととも思いません。
(子育て中のみなさまも、子供だからと油断は禁物ですよ)

ただ、50年もたった今になって、4,5歳の頃だったと思い違いをしてたことが分かった、ということのほうがよほどショックで。


この件で何より衝撃的だったのは、家の前に立っていた、あの白いかっぽうぎの女性のこと。
おばあちゃんで間違いないと、確信しています。
そして、会えたうれしさや感激のほうがよほど強かったです。

ちなみにこの後、霊たちを見始めます。




最後に。

今から数年前に、ヨーロッパで活躍されている、ジェフリーさんの交霊セッションを受けました。
その時の模様はこちらでご報告しています。
spiritual358.hatenablog.com


その際、ジェフさんに、「あなたのおばあちゃんが来ている。あなたのことを子供のころからずっと見守ってきたそうです」といわれ、しかもそのそのことを裏付けるような、私しか知らないことを語り、そして最後は「と、あなたのおばあちゃんがおっしゃってます」とおっしゃってました。

ちなみに、当時の私は、日本人を知らないイギリス人には30代位しか見えなかったと思うのですが、(私は英国に3年ほど住んでいたので断言できます。 また年齢や生年月日などの個人情報は一切伝えてありません)、ということは、ジェフさんからすれば、まだ私の祖母が存命である可能性は十分にあったはずです。

それでもジェフさんは、セッションが始まった冒頭で突然、「あなたのおばあちゃまがいらっしゃっています」と自信たっぷりに断定的におっしゃいました。
また、それから矢継ぎ早に、祖母たちから伝え聞いたという、私にまつわる具体的で個人的な話をいくつかしてくださいました。
そしてその間の私はというと、ジェフさんの勢いのあるしゃべり方に圧倒され、うなづくことくらいしかできなかったので、カマをかけられたり、誘導されたのでもありません。
(通訳さんはいません、2人きりでした)

ということで、ジェフさんは間違いなく、祖母が「見えていた」し、会話ができていたのだろうと思います。
私の心を読んだり、占いによる推測でもなくて。


そして、信頼できる正統で実力のある霊媒師(チャネラー)というのは、ここまでできて当然であり、しかも大人になってから習ってできるものではなく、ゼロからある日突然開花するものでもないんだと改めてはっきりと知らされました。
また、ジェフさんは、能力だけでなく人柄も魅力的で素晴らしいかたでした。
ユーモアがあり温かく、静かで控えめで、聡明で、理性的です。


****


ということで。

長くなりましたが、思い出のマーニーのラストシーンを見ていたら、こうしたことが思い出され、胸がいっぱいになりました。

けれども。
故人をいつまでも恋しがってはいけないし、頼ってもいけない、ということもスピリチュアリズムの学びから知っています。

そういう思いの念が、おばあちゃんたちをいつまでも、この低い次元世界に引き留めてしまうんですね。

おばあちゃんたちもいつかは、次の世界に行く時が来ます。
そしてそれは、おばあちゃんたちにとって、喜ばしいし幸せなこと。
というのも、今いる世界よりはよほど素晴らしいところだから。
だから、私のことはいいから、早くあちらに行って、幸せになってほしいです。


なので、心の中で祖母たちに届くようにと、繰り返し語っています。

「私はもう大丈夫。 心配しなくていいよ。 さみしくないよ。
だから、行ってらっしゃい。

今までありがとう。
いつかまた逢う日まで、さようなら」



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