カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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美と霊的発達の関わりとは



こんにちは。

時々、「何のために生まれてきたのか、わからない。生まれてきた目的は何なのでしょう?」と聞かれることがあります。
転生と霊の世界の実在を確信している一スピリチュアリストとしては、その答えは、

「霊性を高めるため」

これに尽きると思っています。


そしてカルマ(業、前の人生で悔いを残していること)というのは、自分の霊性の進化成長を阻んでいる最大の要素、という風に私はとらえています。

またカルマは過去に、「○○をしてしまった」ことへの悔いですから、その意味を突き詰めてみますと、当時のそうした選択や行為を自分に許してしまった性格・価値観・未熟さ、なので主に、今生の自分の精神や人格そのもの、と私は考えています。

ですから、カルマの解消というのは、ざっくり言うと、人格を改善すること。
であれば、お金を払ってまでほかの人に解消してもらうのは不可能、ということになります。

しかも多くの場合、カルマの解消と称して行われていることは、その内容や趣旨を拝見しますと、「除霊行為」と混同されているように見受けられます。
(除霊の仕事も信頼できる人はごくわずかで、しかもよほど優秀な霊能者でなければたった一度で終わることはまれです。 なぜかというと、憑いている霊を改心させることで憑依を終わらせるのが除霊という行為なので。 人もそうですが、性格や考え方はそうそう簡単には変わりません。 しかも恨みや妬みから憑いている場合は相当困難です。 ですから、頼んだ相手を誤ると余計に事態が悪化してしまうリスクもあります)

いずれにしましても、トラブルや悩みごとの原因が、自分なのかあるいは憑依霊によるものなのかの違いがあり、ですから、誰かが、「あなたのカルマを解消してあげる」と言っていたら、それは断ったほうがいいです。
たとえ用語や行為の意味を取り違えていたとしても、その時点で、勉強不足や能力不足なことは明らかです。


また、脇長生先生もおっしゃるように、もともと自分自身の心(性格、業といえるかと)が憑依現象を引き起こしているので、万が一うまく憑依霊が離れてくれても、またすぐにほかの低級霊がくっつきます。
ですから、まずは自分を変えなければ、いつまでたっても苦しさは付きまとってしまうんですね。

(詳しいことはこちらの本が参考になると思います)
スピリチュアルな生き方原典―日本神霊主義聴聞録


***


霊性を高めようと日々心がけて過ごしていますと、慈愛(愛情)、精神、理性/知性 も、それぞれ自然に高まってきます。
すると、物事を適切に見抜く目(判断力、決断力、理解力)が持てるようになり、また人に穏やかで誠実で親切に接することもできるようになります。

そして、そんな風になった人が、自らの不幸に嘆く人生を送るとは、私には考えにくいです。

もし何か問題が起きても自力でもってスピーディかつ賢く解決できるでしょうし、また幸不幸は自分の受け止め方と分かっているし感情のコントロールもできるでしょうから、目先の欲や弱い気持ちには飲み込まれず、平常心を保てるはず。

ですから、霊性が高い人ほど、何が起きても感情や情動に飲まれたりぶれることなく、理性的に自分の心の平和を保っていられるようになるんですね。

また、本当の意味での幸せ/幸福感は、他人でも、お金や財産でも、地位名声でも、容姿の美しさとは、関係ありません。
むしろ、そうしたものがなければ、幸せになれないという思い込みをもっているほうが、私は問題と思います。

何もなくても、一人ぼっちになってしまっても、それでも負けずに生きる楽しみや目的を見失わない強ささえあればその人が人生でたびたび遭遇する苦悩は、こうしたことをできない人よりも断然少ないはずです。


***


誰もが幸せな人生(いつもそうした気持ちで生きられる人生)を望んでらっしゃると思います。

ですから、幸せになりたいのであれば、自分の人間性や人格を高める努力が欠かせないと思います。
(それは同時に、社会の一員として自活していきようとか、ちゃんと働いて生計を立てようとするほうにもつながってゆきます。なのであえてビジネスマインド/お金を稼ぐことへの強いこだわりや意識をもたなくても、結果オーライになるはずなんですね。 ましてや宇宙?ですとか神さまに、自分の人生や選択をゆだねる(決めてもらう、任せてしまう)ような態度も誤りで、それでは逆に悪くなっていくんばかりです。 コーチが選手の代わりに試合に出るようなもの、テストを作った先生自身が生徒の代わりに解くようなものですから)


また、そうした習慣を続けるということは、自然に/同時に、カルマも解消していくことになりますので、別段カルマをどうにかしなければ!とそればかり気にかけたり心配する必要はありません。

そうではなく、自分の価値観や性格、態度の、どこをどう直してゆけばいいのか、改善が必要な個所を見つけてはそこを強化してゆきさえすれば、自然にカルマは解消されてゆくはずです。


ただ、その際気を付けなければいけないのは、自分の弱さや欠点を嫌ったり、失敗にダメ出しをして、自分で自分をおとしめないこと、と思います。

みんな、全員が、勉強中の身。

こういうことを書いている私自身も一緒で、毎日反省と後悔ばかりです。
どうすればもっと最善な対応ができるかをわかっていながら、どうしてあんなことをしちゃったんだろう?、ですとか。 いまだに落ち込んだり悩みます。

ただ、やましさや悪気がなくてしてしまったことは責めませんが、楽とか目先の得や欲で、「してはいけない」と思っていながらしてしまったことについては、自分で自分にダメ出しします。 「もう二度としないようにしよう!」と。

逆に、してしまった失敗や後悔すべてに対して嫌悪を感じてしまうと、一体何が(自分にとって)正しくて間違っていたのか、自分の判断に自信が持てなくなるでしょう。
そうして、自分が信じられなくなったり、わからなくなっていってしまうんですよね。


こうした内省や反省のしかた、同時に人や物事の判断のしかた(見極め方)や、対応のしかたも、霊性を高めようという向上心と習慣があれば、適切に行えるようになります。

そもそも、内省や反省というのは、やみくもに、自分に「絶対拒否!NO!」とか、「みじめさ」「能力のなさ」を突きつけるものではないと私は思っています。
そうではなく、自分で自分を調整し、その結果、成長させる/霊性を高めるためには欠かせないもので、よくない行為とは私には思えません。


ところで「カバラ」について時々質問されることがあります。
私がしている数秘術を「カバラ式」としているのは、カバラはすなわちスピリチュアリズムの知識や知恵であり、そして数秘術は霊性を高めるための手段のうちの一つだから、です。
霊性を高めるために、自分を知り、自分の人生の流れを知る。
そのために数秘術が開発されて使われるようになったと思うんですね。

なので、あえて「カバラ数秘術」と名乗っています。
また、そうすることで、「何のために生まれてきたのか? 何のために数秘術をするのか?(スピリチュアリズム)を忘れてはいけない」と自分自身に言い聞かせようともしています。


とにもかくにも方法や手段はなんであれ、この「自分で自分の霊性を高める道」さえ外れなければ、この世の生活も、自分にとっての天国へと近づいていくと、私は信じています。


****


私たちの魂には、原始の時代の、本能的で野蛮な生き方をしていた時の記憶も含まれているそうです。
DNAがその象徴です。

ですから、今現在、どんなに立派な人でも、気のゆるみから、そうした心や言動をしてしまうこともあります。 記憶は一つも、消すことができないんですね。


今の時代は、そうした自分の中にある本能(欲望)や野蛮な記憶を、刺激しようとするものがあちこちにあふれています。
そして誘惑に負けてうっかり、「まぁいいか」としてしまうと、それがのちのち悩みやトラブルのもとに。
下手をすると、せっかく高まってきた霊性も後退してしまい、またやり直しにになってしまいます。


流行(世間の関心)はころころと移り変わるように、時代もどんどん変化してゆくもの。

今は、品位/品格が、落ちるところまで落ちている気がします。
そしてそれは私の周りでも同じ意見が聞かれます。

ということはこれまで時代を読んできた経験上、おそらく、これから世の中はその反動で、今までと打って変わり、「品性と知性」が主要なテーマになってくるだろうと思われます。

その際、「何のために生まれてきたのか?」という疑問が沸き起こるかもしれません。
その時は、(学術的/理性的な)スピリチュアリズムの知識がお役に立つと思います。


死後の世界や転生が事実かどうかというのは、思い過ごしや妄想と決めつけられないようなはっきりした心霊体験でもなければ、信じられないのは自然で当然と思いますし、同時に、うかつには信じないほうが良いと私も思います。


けれど最終的な結論は別として、

「自分は霊的存在(精神的な存在)であり、今生で自分という人間の霊性をどれだけ高められるか?いつどんな時もその心がけを持ちつつ生きてゆける努力をすること、その結果、自分で自分をこの生涯で最大限に生かせる精神的な強さと賢さを身に着けることが、この世に生まれてきた第一目的だ」

と、そんな風に生きる目標(大目標)を心に定めて過ごすことは、プラスになることはあっても、害になることはないのでは?と私は思います。


最後に、私が敬愛するシルバーバーチの霊訓から、お借りしたいと思います。
こちらの本からお借りしました


シルバーバーチの霊訓〈3〉



適切な教育施設がすべての人に利用できることを前提としていえば、美を求める心は、魂の発達とともに自然と芽生えてくるものです。

価値観が高まれば高まるほど、精神が成長すればするほど、醜く卑劣な環境に不満を覚えるようになります。
波長が合わなくなるからです。

自分の置かれた環境を美しくしたいと思いはじめたら、それが進化と成長の最初の兆しと思ってよろしい。

地上界をより美しくしようとする人間の努力は、魂が成長していく無意識の表れです。
それは同時に無限の宇宙の創造活動にも寄与していることでもあります。

神は人間にあらゆる素材を提供しています。
その多くは未完の状態のままです。
そして地上のすみずみにまで美をもたらすには、魂、精神、理性、知性、成長度のすべてを注ぎ込まなければなりません。


最後はかならず、個人単位の問題であり、その成長度に帰着します。
開発すればするほど、進化すればするほど、それだけ内部の神性を発揮することになり、それだけいっそう美を求めることになります。

すべての悪がいけないのは、それが、内部の神性の発現を妨げるからです。

真の美とは、物質的、精神的、そして霊的の、すべての面において調和が行き渡ることを意味します。


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