カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

● 当ブログコンテンツの(出典先を明記しないままの)無断転用・引用は固くお断りいたします ●

| アイコン Toppage | アイコン What's news? 20161117210210 | アイコン 記事一覧 | アイコン Homepage | アイコン Contact |

人は幸せのために生きている

こんにちは。

いやー、今朝は特に寒かったこと!
今日は個人セッションだったので、冬物のストールを羽織って、お出かけしましたf:id:kabbalah-suuhi358:20170505163419g:plain


*****

さっき加山雄三さんのネットニュース記事を見かけました。
加山雄三、船上生活を語る「人間は幸せのために生きているんだ」 | 週刊女性PRIME [シュージョプライム] | YOUのココロ刺激する

こちらの記事から、スクリーンショットでおかりしました。

f:id:kabbalah-suuhi358:20171006140430p:plain


実は前職で何度もご一緒させていただいたのですが、加山さんは普段(楽屋裏)でも同じような印象です。
気さくでおおらかで、あたたかくて、頼もしくて。
なので、お名前をお見掛けすると、つい反応してしまうのです。
お元気そうでよかった^-^
あと、いかにも私の知る加山さんらしいライフスタイルでコメントだなーと思いました。


***


頑張っているときって、それが自分から望んだことであってもなくても、気分や感情が勝手に動かないよう、無意識にがっちりと押さえつけてる(途中で放棄したりキレるのを我慢している)と思うんですね。

戦闘状態に入ると、いつ何時、突然何が起きてもぱっと応戦できるようにするため、感覚を鋭くし、警戒心や集中力を高めようとします(臨戦態勢)。
すると、そうやって自分の内側にパワーを溜めこんでいると、いつのまにか体(筋肉)はだんだんこわばってゆきます。


ということで、わき目も降らずに頑張り続けた人ほど、心も頭も体もしなやかさを失ってゆくと思うんですね。
そして、その硬さ("かたくなさ" とも言えると思います)も、ある場面ではその人の強さや強みになる一方で、入れ替わりに、柔らかさや温かみは失われがちに。

けれどそれは、「どっちも!」は無理だから、いいも悪いもなく、どうしようもないこと。
ましてや、そうなりたくてそうなってしまったわけでもありませんし。


****


「努力は報われる」「頑張ればなんとかなる」「自力で頑張る(自分しかあてにならない OR 自分ひとりでもなんとかできる)」という経験を繰り返しされてきたかたほど、忍耐強くて努力家で頑張り屋さんで、メンタリティも強いかたが多いように思います。
さらには世に出て活躍や成功もしやすいです。

ただ、そのような信念や価値観がお強いかたほど逆に、「頑張ったり努力することをやめる、楽したり適当に力を抜く=サボる」、のはとても不安になるもの。
なぜなら、そうした経験(お試し)をしてこなかったから、それをしたらどうなるかわからないので、不安だったり怖くなっちゃうんですね。

であれば、このような価値観や信念をお持ちのかたは、もしもご自分の体や家庭によからぬ影響が出たとしても、それでも両方を秤にかけたら、今まで通り走り続けてたほうが(勝手知っててやり慣れてるほうが)まだマシで安心ってことになってしまいます。

ただ、そういう可能性も事情も全てわかってて自覚して納得した上でで行動されているのなら(まだ)いいのですが、頭の隅っこや心の奥のほうに不安が隠れててその不安から逃げるために走り続けようとしてる場合、もし途中でふいに障害物に突き当たったとき、さらに強い不安や(新たな)心配を抱えるような結末になりやすいかな?って思うんですね。


いったい、なぜ、どうして、そんなに必死に走らないといけないんだろう?

どうして、もっとリラックスして、日常のところどころで、面白かったりかわいかったり、心がほっこりするような経験を自分自身に「やってもいいよ」って許してあげて、遊ばせてあげちゃ、いけないんだろう?

そうしないといけないと思い込んでいる根拠や理由は何なんだろう?

休んだり立ち止まることを自分に許せない理由は何?



f:id:kabbalah-suuhi358:20171006141955j:plain



誰もが一生、苦労したり働き続けるため「だけ」に生まれてきたんじゃないはず。

喜怒哀楽。
泣いたり笑ったり、感動したり、悩んだり。
楽しいこと、うれしいこと、幸せも、同じくらいかそれ以上にいっぱい経験したくて生まれてきてるはず。
そしてそういう気づきやチャンスは、どこかの誰かが扉を開けてこっちだよって導いてくれるというよりも、自分自身で「よし、そうしよう!」と決めて実行に移していくからこそ、起きることだったりします。


まじめで誠実で責任感が強い人は信頼はできても、周りの人はその人と一緒にいてほっこりしたり楽しくてリラックスできるか?というと、それは難しいかも。
でも、もしその人が、ほんのちょっとでもその「厳しさ」を緩めてゆとりがもてたら、本来の心のやさしさや甘さ、ユーモアが現れてきて、頼もしいだけでなくて愛される人・大切な人へとますますなってゆけるんじゃないかな、そのほうが幸せ(をたくさん感じられる)なんじゃないかな?、なんて思うのです。


頑張ってるときって、心の目も、目的達成というゴール目指して一点集中になります。
ということは裏を返せば、自分自身のキャパシティとか視野が狭くなりがちに。
「これはじゃなくちゃダメ!」「絶対ダメ!」 (そういえば昨日の記事にもつながってる♪)
そうなっていることすら、気づかなくなります。

でも、周りはというと、わりと気づいてるものです。
で、なんだか寄りがたくなってしまう、なんてことも。

だから、出力(やる気、本気さ、まじめ度)は、よほどの緊急事態でも起きない限り、最高でも80%くらいにしておいたほうがちょうどいい気がします^^。


また、小さな失敗、"取りこぼし"も、それをしたところで人生が狂わないようなものなら、「しても大丈夫」って自分に許してあげたり、安心させてあげてもいいと思います。

それでなくても、ずーっと、自分自身に対して(守ろうとして)いつどんな時もきっちりしっかり、手を抜かず遊ばせず頑張ってきたのですから、この辺で、もうそろそろ楽にしてあげてもいいんじゃないかと。
そうしているうちにたぶん、「なんだ、そうしたって全然平気だったんだー!? あんなに頑張りすぎて損した。ずいぶん無理や無茶をしてきたんだな」なんて風に気づけるはず。


最後の最後まで、自分を確実に幸せにできるのはやっぱり、自分自身。
お金でも家族やパートナーでもなんでもない。

一生なんてあっという間。
それに時計の針はまき戻せないわけで。
もっと自分をかわいがってあげて、いつも自分自身と会話や相談をしながら、もっともっと自分を幸せに暮らさせてあげたい。

加山さんが、周りの目など気にせずに、自分自身のために船上暮らしを悠々自適に楽しんでいるように。

なんてことを、インタビュー記事を読みながら考えてました。


カバラ数秘術と密教占星術 カウンセリング/マンツーマン式カバラ数秘術講座(スカイプ/対面)

励みになりますので、よろしければ応援ポチをいただけると嬉しいです!(別窓OPENします)
ブログランキング・にほんブログ村へ