カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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どうしてそういうことをするのか、本当の原因や理由は見かけだけ/常識だけ/カンだけではわからない

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ひそかに尊敬しててファンでもある、精神科医の水島広子先生。

ツイッターで時々つぶやいてらしたけれど、今年にはいってから誰かからの執拗ないやがらせ(ストーキング行為?)にずっと悩まされてたようでした。
セルフコントロールのプロである(本の上だけでなく実際にも)水島先生も、時おり困った様子でつぶやいてらっしゃるのを、つい自分の経験と重ね合わせ、心配しながら拝見していました。
でももう解決されたようでよかったです。

執拗に付きまとって嫌がらせをした人は、水島先生のことが好きなんでしょうね。
もしくは甘えたがってたり、頼りたがってる。
だから離れないんだろうと思いますし、離れたくないから、相手を怒らせてでも付きまとう。
怒らせたり事を荒立ててれば自分に関心をむけてくれるから、それを(無意識レベルでは)期待したり意図しての、アダルトチルドレンをほうふつとさせるコミュニケーションのしかただなと思います。
それではますます嫌われるし、そんなことをする自分自身への嫌悪感もますます強くなるでしょうに。



自分が迷惑をかけられたり不愉快にさせられても怒りや暴力で反撃せずに、できるだけ平和的な和解を目指す。

私も自分のブログのコンテンツの模倣や盗用が始まった最初の6年(今から10年ほど前)は、自分だけの心の中に秘めて、じっと静観していました。
それは

・そのうちやめるだろうと思ってた(長くは続かないだろう、飽きたり良心がとがめて)
・もめごとはさけたい(現状や心の平和を保ちたい)
・私は心のケアや癒しの仕事をしているプロである = 利他的で心の器は大きくあるべき

という理由からです。


そのうち我慢ができなくなり、私のように相談業を営む知り合いたちに相談をしたことがあります。
すると、このようにいわれました。

 「どうしてこんなことぐらいで騒いでるの?」
 「それくらい、大目に見てあげたっていいじゃない?」
 「けち臭い」
 「心が狭い」


ところで、つきまとってたその人は、私が書いていた情報をUPした当日や翌日には、さっそく書き換えて、自分のブログにもUPしていました。 まだスマホもないし、PCを持つ人も、ブロガーも、しかもスピリチュアルな情報ブログも少なかった時代。 その人のブログは人気ブログになり、それにあやかって本も何冊も出し、セミナーをすれば大盛況(とブログで報告してました)。ときおり羽振りの良さや豪遊の様子だとかも写真入りでUPしていました。


なので、先の知人たちに、「私が (同業者の成功を) 嫉妬している」とも言われました。
ただ、それは私自身もそうかもしれないと自問自答を繰り返してたのですが、でもどうしても腑に落ちないしすっきりしない。

そうこうするうちに、だいぶ後になって、その見立てや助言は誤りであり、相手によってしてはいけないことだったということに気づきます。


****


模倣が始まってまもない当時、私は経済的にも余裕がなかったし、自分のスキルも経験も自信がなく先の(自活の)めども立っていないしで、とても焦っていました。
この先どうなってしまうんだろう?って、不安で不安で、眠れない日が続きました(結局、この後、心の病を発症しました)。
(あ、一連のことを理解でき飲み込めた今だからこうして人に言えますが、ここまでの事情を誰かに話したり人目にさらすのは悲劇のヒロインを演じてるみたいで恥ずかしいことと思ってたので、一人だけ、親友以外だれにも語ったことはありません)


とにかく、『早く一人前になれば、収入も増えるし、生活も安定するだろう』 と思いました。
そこで、遊びも買い物も、無駄遣いを一切やめ、貯金や実家に入れる生活費以外の自由に使えるお金のほぼすべてを、本を買ったり、セミナーを受けることに費やしました。
そして、空いている時間の大半をも、勉強や営業活動(ブログの更新、HPのメンテナンス)をして過ごしてたんですね。
周りが楽しそうにしてるのを横目で見ながら、「今はこっちが先」って、楽をしたり遊びたいのを辛抱してました。


そうして学んだこと、わかったこと、(大げさな書き方をすれば)研究や実験の成果をブログに書いてたんです。
おかげさまであの当時は、ヤフーでツインソウルで検索すると、私のブログが一番上に出ていたこともありアクセス数も順調に伸びていて、またそれをきっかけに仕事のご依頼も徐々に増えてきました(移転前の古いブログのほうです)


その矢先、例の人物が現れて、つきまといが始まりました。

そのころはあちらも、スピリチュアル系のブログでは人気でアクセス数も多かったようで、なので検索エンジンでもスピ系のキーワードではいつも上位に表示されてました。

それで私もこの人物のブログを見つけ、見ていくうちに、「あれ?」と奇妙な違和感を感じ始めました。
「どうして毎回、私の書いてる情報とタブるんだろう? 偶然にしては被りすぎている」と、最初は疑心暗鬼だったのですが、そのうち、私しか知らないことを私が記事を更新した翌日に早速取り上げていたので、「利用されている」と確信したんです。

でもそれでも6年くらいかな?、先ほど上でも書きましたように、見て見ぬふりをして黙ってたんですね。

けれども、そんな配慮は無駄でした。
その相手がだんだん "天狗になってきた" んです。

そうして「あれほど自分がいろんな犠牲を払ってコツコツ努力してきた成果を、横からさっと盗んではそのおかげでいい思いをし、スピリチュアル界のリーダーともてはやされちやほやされてはまんざらでもなさそうにしてる」「アクセス数や購読者数が増えてランキングもこんなに上がった」などと繰り返し書いているこの人物の無神経さが、どうにも見過ごせなくなりはじめました (今思えばアホらしくて笑えますが)
せめて模倣は週に一度だったり、あるいは参考先として一言触れるとか。
そうした遠慮や気兼ねをしているそぶりは皆無でした(私に気づかれていないと考えていたからかもしれません)
しかも、思い余って自分のブログを移転させても、探しあててはまたつきまとわれる、を何度も繰り返します。
もっというと、逃げても無駄だ、みたいな "警告" もされました。
といったことも、この件に対する強烈な嫌悪感をますます強めるという、火に油をそそぐ結果になりました。


知人の一人が言ってたように、確かに、今の私の知識もスキルも先達たちの本や教えのおかげで得たもので、自分だけのものじゃない。
だから独り占めしようとするのはおかしいし、大人げない。
それは重々わかっているつもりでした。
「うつわが小さい、欲張り、ケチ」「人の成功を嫉妬している」と言われたのもわかります。
そういう人たちが多いんでしょう。
(ただ、いじわるなことをいうと、いの一番にこうした発言が口について出るというのは、裏を返すと「自分たちはそうです」って言ってるようなもんなんですね。というのも、人は自分が経験したことしか想像がつかないし、考えも及ばないので)


けれど指摘されたこと(発想や価値観、感情)に思い当たらなかったので、そう言われてもまるで他人事みたいでさほどショックでもありませんでしたし、とにかく心に響かなかったんですね。

それから数年たって、今年春からのストラグリング(自分をみつめて知ること)を経て、ようやく、なぜこんなに嫌だったのかの本当の理由がはっきりわかりました。

幼少期の自分と母親との関係が、オーバーラップしていたんです。


*****


私がまだ5歳くらいのころ、母はがんになり、なんとか回復はしたものの、長女である私は「自分の子で長子でもある」というだけで、大人じみたことを求められるようになりました。
我慢、従順さ、気遣い、等々です。

ほかにも、父への不満や怒り・悪口なども聞かされ続け、いつのまにか私は母の味方に回るようになり、「なにかというと母を苦しめる」父を毛嫌いしていました(今では父に悪いことをしたと猛省しています。そのせいで父は家庭内で孤立し、しかも故郷から遠く離れた見知らぬ土地での生活、さぞさみしかっただろうと思うので。 だからお酒やギャンブルにのめりこんで体を壊した)

また、母は、幼かった妹に苦労をかけた分、妹を溺愛してました。
そこで、私が不満を口にすると、「おねえちゃんなんだから、我慢しなさい」としかられましたし、話をしたい・甘えようとしてそばにいくと、「邪魔だからあっちに行ってなさい」といわれました。
でもそれでも母に不満も文句もなくて、そういうタイミングで声をかけた自分が悪いと自分のせいにして、むしろ母に申し訳なかったり、体が弱いのに無理をして。。と同情さえしていました。
よもや、本来は母のしていることのほうこそ間違っているなんて、その当時はまったく知るよしもなく。


また、昔の人なので、けなすことが愛情表現と思ってるところがあり、なのでほめられた記憶は一度もなく、ただ覚えているのはからかわれたり、子ども扱いをしてばかにされたり。
皮肉と嫌味な言葉ばかりでした。

それでも子供のころの私は、母の期待に応えれば愛される(やさしくされる、かわいがられる)と思い込んでました。
なので、一生懸命勉強し、校則もきちんとまもり、成績も優秀で、学級委員も歴任したりとか、先生にもかわいがられる優等生になりました。
でも、やってもやっても、母がその努力をほめてくれたことは一度もありませんでした。


*****


とにもかくにも、こうした育ち方をした私は、大人になって、実はその生い立ちが自分を苦しめていることに気づきました。
「うちはよそは違ってたんだ!?」って、社会に出て、馴染んでいくうちに、わかりはじめたんですね。

そして、自分なりに母のために一生懸命生きてきたはずが、それでも自分を一度もねぎらってくれたり励ましてくれたことがなかった(今でもそうです。人はそう簡単には変わりませんので。でも今は笑ってやり過ごせるようになりました 苦笑)
母がしていたことは、私からの「搾取」だったんだと気づきました。
愛情、自信、自由、等々の。

強くて良い表現ではありませんが、でも、ひとことで言うとこれしか浮かびません。


若くて世間知らずで純真だった私は、自分のことはさておいて母を喜ばせたり助けることは、親孝行で、長女なら当たり前のことで、人として立派なことだと、思い込んでいたんですね(あぁいうことでもなければ、するのはむしろ立派で良い心がけと思います)

 「お前のものは私のもの」
 「私のために犠牲になるのは当たり前のこと。不満や文句を言ってはいけない」

もちろんあからさまにはそんな言い方はしていませんでしたが、母のとった反応や態度から、いわんとしていることはこういうことだったと思います。


なので、「母のために」と頑張っても頑張っても、それに対して感謝されることもねぎらわれることも、気遣われることも一度もなく(言葉の上だけであっても)、また母も自分が私から何かをしてもらっても、取り立てて何かを感じたり思う必要はないと考えてるようです(尋ねてみたらそう言ってました。ちなみに母は7人兄弟の、しかも年の離れた末っ子で、やはり溺愛されて育ちました)


そして、こうした母とのそういうやり取りや交流(親子関係)は、私にとっては数年前まで、ごく普通で当たり前(常識)だったんです。

(母の育て方は間違っていたと思いますが、だからといって母が悪人=罰したい、とは思っていませんし、そのように考えてしまうことはこの問題をエンドレスに引きずらせることにもなるので、今は、母には母の事情があってやむを得なかったことと受け止めています)


*****


ということで、なが~い説明と前置きでしたが(苦笑)

おそらく私(の深層意識)はいまだに、母に対して、こんなわだかまりを持っていると思います。

「自分の子供や子供の母を慕う気持ちや純真さを利用し、私が私のままで生きられるようにする機会や力を奪った人」

「子の苦悩はさておいて、従順でお人よしな子供からのやさしさや思いやりを利用しては自分ばかりが得をしたりいい思いをし、なのにそんな子供の思いや気持ちもわかろうとはしない」

「自分の何が悪いんだ?とばかり、自分のしてきたことを全く悪びれていない人」

(あ、かなり手厳しい!ことを書いていますが、しつこいようですが、母のことは恨んでませんので。
世代間伝搬が起きてただけで、母もまた被害者だった、こうなったのはしかたがなかったこととさえ思っています。
ただ、(いまは)嫌いでもないけれど、特別好きでもない(なれない。時間が経ちすぎて無理)ですし、こうした考えは、親子関係が良好な家庭で育ってこられたかたには理解に苦しむものかもしれません。
それと、だからこそ私は数秘でも東洋西洋の占星術で見ても、これしかないっていう自分の天職やライフワークに出会えたのでありがたくも思っています。
また、こうした経験や思いは、私一人だけの特殊なものではなく、世間の多くのかたたちも同じものをお持ちであることもわかっています)


そしてこれらと同じような考えや思いを、何年もの間、私のブログの情報やらをまねつづけ、お気楽に暮らしてきたあの人物に対しても抱いていることに気づいたんです。
この人物が私にしていること、私がされていることは、昔の母と私の関係(心の傷)を彷彿とさせるものだったんですね。

ですから、私の不満や怒りは、知人から指摘されたたような、嫉妬とか知識や情報を独占し出し惜しみしたがってるとか、そういうことが理由や動機じゃなかった。
ということに気づいたとき、ようやく「なぜこの人物(だけ)の模倣がどうしても許せないのか」ストンと腑に落ちて、気持ちがすっきり!!!しました (ほかにも情報を利用されたり模倣しているブロガーさんたちも知っていますが、その人たちに対してはここまでの強い不快感がないので、いちいち目くじらなんて立ててません。 なぜなら例の人物と違い、頻度も少ないですし、遠慮しながらやってらっしゃるのが伝わってくるから。
なのでよけいに、嫉妬や独占欲のせいで、自分があの人物に腹を立てているとは思えなかったんです)

*****


とにかく、延々と続くつきまといに、これといった術もなく、ただされるがまま、傍観し続けなければならないのは、本当に口惜しくて苦しかったです。
なので、相手の行為を「許そう、大目に見よう/見なければ」とさんざん、自分の受け止め方を変えようとしました。
そうすれば楽になれるかと。
でもできませんでした。
どんなに優れたアイディアや価値観、言葉であっても、自分の "生い立ち(深層意識)" にはかなわなかったんです。

今よりも無知で若かった自分は先の知人たち同様、いつまでたっても怒りを消せない、欲深くてダメな自分自身を非難し、責め続けました。
でも、どうしても、相手からされている行為を認めたり受け入れられないし、納得もできない。
そしてついに頭と心が分解して、体調を崩しました。


***


今思えば、「どうして私は受け入れられないのか?」、もっと深く掘り下げていたら本当の理由に行き当たってたはずで、そうしたら、あれほど自分を傷つけて苦しめなくても済んだだろうな~と思います。
世間の常識や一般論(心理学の理論も含め)、または「癒し関連の仕事や相談業をしている」「えらい神様がついている。霊能力がある」みたいな "それらしい" 人たちの言葉をうのみにして、その前提で悩みごとを解決しようとしてきたことが、大きな間違いでした。

こうした経験から私は、せめて自分だけは決して、こういう「決めつけ(事実を深堀しないままの正誤のジャッジメント。答えを断定する)」は、事実を話している時以外は、しないようにしようと心がけるようにしています。
セッションの時は、もちろん、なおさら!ですが。



目に見えないこと、特に人の本音については、誰もが、わかっているようでわかってないのですよね。
もちろんですよね、そもそもの発端は、個人個人の経験によるものなのですから。
ひとくくりに「これ」と、学問の定義や一般論(常識)とかではくくれません(断定できない)。


ということを知ってても、わかってる(実際にやれている)人はどれほどいらっしゃるでしょう?


だから「自分で思うほど自分は現実(人や世の中)/真理はわかっていない」という、謙虚な気持ちをもつことは、人間関係をよくするだけでなく自分自身も成長させてくれるとも思うんです。

(スピ系やふわふわ系の人たちが特に決めつけをしやすいのは、ご自身の過去もありのままも含めて、現実を直視できていないからです。断言できます。 つまり、自分で自覚している以上に、人の心や世の中のことがわかってなかったり。
現実や、さまざまな人たちとかかわることに消極的な分、コミュニケーションや人生経験/知識が少なくなるからです。
なぜ直視できないかというと、そのようなかたたちにとって、自分がいる現実の世界はドロドロしてて醜くて過酷で悲惨でつらくて絶望的なものだったりするからだと思います。 不愉快でいやだからこそ、無視したり目をそむけたくなるんです。 
宇宙も神様も、自分にはとても優しくて。美しく、甘美でもある。
しかもそこではヒーローやヒロインになれるんです。
けれど一時的な慰めを繰り返しても、自分の人生の主役である本人が現実を変える行動を起こさなければ今も未来も時間が止まったままになっちゃいます。逃げてても解決にはなりません。
勇気を出して現実に目を向けちゃったほうがよほど楽になれるし未来もよくなるのになぁと、気になっています)


なんて。

もうすぐ土星が山羊座に入りますが、いかにもの真面目で現実重視のリアリスティックな内容になっちゃってますねf:id:kabbalah-suuhi358:20170505163419g:plain

いや、でもこれって事実って、私は自信をもっていえますよ(経験者は語る 爆)



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