カバラ数秘術のBlog

静岡在住の数秘術カウンセラーによる、数秘術やスピリチュアリズム、メンタルケアのいろいろ

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自分らしく自由に生きる、ということについて考えてみた


こんにちは。

夕べは風がすごかったです@@
寒さも重なって、気分までちぢこまっちゃいそうでした。

さて。
今年もあと4日でおしまい。
お正月ですね♪


お正月の準備は、お供えや飾りものだけ用意して、お料理ですとか特に何もしない予定です。
というか、今年からしないことにしました。
こちらから年賀状を出すのもやめました。
これはもともと、数も少ないうえに、いつも出してた人たちがメールであけおめしてくれるようになってきたから。
いただいたときだけ、出してお返しするようにします。


起業している割にそういうことができるのは、宣伝や助言など、他に頼っていないからと思います。
というか。
ビジネスという感覚で仕事をしていないから、と思います(笑。

じゃあどう言う感覚でしてるかというと、ライフワークと修行ってつもりで働いてる気がします。


ただ、こういう考え方ややり方って、行き当たりばったりで、一歩間違えると趣味や道楽の域を超えられず。
なのでお金にならないは、ダラダラして堕落するわで身を持ち崩してしまう可能性が大!なので、実はとてもリスキーなんですよね。
私も安易に、他のかたへはお勧めできません。


お金は、ダイレクトに、お金が欲しい!もっと稼ぎたい!という思いの強さに正比例して、入る額も増えてくるものと思うんです。
でも私はそれよりも、仕事自体やみなさんとの出会いを楽しみたいという思いの方が強くって。
お金のことは二の次、三の次になっちゃってる。 どうしても。
(7-33-7 ですからねぇ 笑)


けれども、不思議と、それでも回ってるんですねー。
なので今こうして、温かい部屋でコーヒーを飲みながら記事を書いている余裕があるという。
今の自分やスタイルには90点で満足できてます(残りの10点は、深夜のあの騒音! 笑)。


もちろん、旅行に行くとか、遊び歩くとか、万単位で高価でも欲しければ迷わず買える、といった余裕はありません。
そういうことは30代でさんざんしたこともあり(当時は月収が100万ほどあったので)、50歳を過ぎた今はその時のことを振り返っても、そういう生き方が良かった!戻りたい!とは、思えないんです。
魅力も感じません。

そうした経験も一通りして、それよりももっと、ワクワクできること、感動すること、嬉しいことが何なのかがわかったからです。
それは、人との交流、心と心でつながること です。


私も何度か、この仕事は向いてないんじゃないか?やめたほうがいいんじゃないか?と迷いました。
大変だし売り上げも少ないわ、不安定だし。
でもそう悩んだ理由というのは、突き詰めれば、自分の仕事のスキルや経験が足りなかったというのが本当の原因で、仕事の人間関係のせいではありませんでした。


東京サロン時代から、オフでリーディングをさせてもらってた時代から、早16年が経ちました。
本格的に始めてからは13年です。
ここまで続けられると、自分の采配でやりこなせるようになり、なので今度は面白くてしかたがなくなるんですね。
前は、「今回はどんなかただろう? どんな内容なんだろう? 大丈夫かな?」って緊張や不安で前の晩は眠れなかったりしてたのが、今はチャレンジャーのような心境でセッションがまちどおしくなってます。

そういった心境の変化から、私の場合の仕事の悩みの本質を突き詰めると、それは力不足・自信不足のせいだったという気がしています。


****


また、私の場合仕事中は「誠実な対応をする」「質の良いアドバイス、情報提供をする」ということさえできていれば、生活に必要なお金は後からついてくる、ということを確信しています。

いい仕事がしたい。

その一心でいると、自然に、「もっと勉強しよう、経験を積もう」という意思ややる気が生まれてきて、なので中身がどんどん濃くなってゆくんですね。
なので自然と、質が高くなる。
すると、それに気づいてくださったお客さまから、声をかけていただくことも増えてゆくんです。


けれど昔は、頭やフィーリング、感覚でそういう「法則」がわかっていても、信じ切るところまでは無理でした。
なので「こんなでいいんだろうか? 他でバリバリやってるかたたちのように、自分ももっとビジネスマインドで働かなければこの先ダメになるんじゃないか?」って、不安や迷いがありました。

そしてその迷いも、こうして10年も「試したり観察して」みると、やっぱり自分の感覚やカン(なので心の声・天の声? 笑)を信じていいとようやく確信でき、今は迷いはありません。

それよりも、「クォリティが高い、いい仕事ができること」。
そういう心がけや行動さえ続けてゆけば、最低でも、餓死しない程度に(笑)生きていける自信がつきました。

(大体ですねー、収入が少ない人・質素な暮らしをしている人は社会的地位やレベルが低い、みじめではずかしい といった固定概念というか発想自体がおかしい、と思っています。 たくさんお金や財産があってプライベートで幸せそうな人を私は存じ上げません。 そのライフスタイルをどう思うか?、良し悪しは本人が決めること。 私はそうした風潮が人を精神的に追い込んでいるんじゃないかとさえ思えます)


なんというか、これだけ人や同業者が増えると、どこで他(人)と差異をつけるか?ということを意識しないといけなくなる、埋もれてしまうと思うんですね。
で、突拍子もなかったり、思い切って奇抜なことをして目立つことでそのとっかかりを得るというやり方もありますが、それはごく短期間での勝負なら良くても、その後の継続は一発屋で終わってしまう。

けれど中身の質が高まれば、自然に、「この人にしてほしい」「この人でなければ駄目。他に代わりはいない」となって、そうして自分がブランド化していくように思います。

そして、他方でそれは、先の見えない我慢と辛抱との闘いの連続(笑)になります。
けれども続けられたのはやはり、「数秘術や運命学が面白い、何よりも好き」という気持ちがあったからと思います。
遊びや洋服代より本代とか勉強代に費やした額の方が断然多いんですもん(笑


そんなわけで、私はあまり、先の生計について、不安がないんです。
知識やスキルは失われない、知的財産なので、健康にさえ気をつけていれば大丈夫だろうと。
というか、そもそも、先の生活のことは気にしていない(気にならない)気がします。
考えててもしょうがないし、考えてる時間があったら、何かしようよ、動こうよ、みたいな。


一方で、もしもこの考え方や発想が誤っていて、この先自分がどうしても立ち行かなくなったとしても、選択ミスを悔やんだり後悔しない覚悟でもいます。
それは前に一度本当の意味で死にかけたことがあるからで、死に対して開き直れていること。
また、最後の最後に悪あがきしてもがいたり、じたばたしたり、そんな情けない最期にだけはしたくないと決めてます。
それにもうこの年になると、いつ突発的に寿命が尽きても不思議じゃないので^^。


****


とにもかくにも、みなさんに伝わりやすいように、「自営業」とか「起業」という言葉を使っていますが、実際には商売らしい商売はしていないので、ほんとは自分でも違和感を感じてます。


そんなこんなで、事業計画とか、一度も立てたこともありません(あ、申告のために収支に関わる事務だけはきっちりやっていますよ)

またプライベートも同様で、数か月後、3年後、1年後単位で、どうなりたいか?という目標を立てたのって、たぶん片手で足りるほどかも、です。

なぜなら、立てないほうがうまく行くからです。
宝地図とかが爆発的に流行ってた時も、ぜんぜん気持ちが動かなくて、スルーしてました。
あと、夢をかなえる手帳みたいなものや、リスペクトしてる石井ゆかりさんの手帳さえも買ったことがない!


先の目標や計画を立てるよりも、その時々に自分の元に降ってわいたように訪れたチャンスをどれだけ生かせるか(目の前のことに打ち込めるか、結果を出せるか)にエネルギーを注いでさえしてれば、あとは自然と運に、「自分にとってふさわしいところへと運んでもらえる」「流されてゆく」 と考えているからです。
しかもその「場所」は、予想もしていなかったことや、考えつかないようなレベルのものばかりだったりします。


ただ、『流れにお任せ』にする際は、たとえどんな成り行きや結果になっても自分で決めたこと=自己責任なのだから、プラスに受け止める、何かのせいにしない、後悔したり恨まないというマイルールももってます。

それに、目標の中身というのはそもそも、自我/エゴが欲していたことであり、なので場合によってはそれは天意や宿命とは逆なこともあると思うんです。
すると、天意よりもエゴが勝ってしまうので、宿命の道を外れたり、しなくていい苦労を背負いこんでしまう。
しかも、思い通りに行かないことにがっかりしたり、腹を立てたり、そんな自分にダメ出しして自信を無くす、といったことまで起きてしまうことも。

あ、資格を取るとか技術を身に着けるとか、そう場合は別なんですね。
そうじゃなく、もっと私的な、暮らしに関することでです。


一人で生きることの価値は、そのように、身軽で自由に生きられること、と思います。
自分自身に対してだけ、わずらわされたり、言動への責任を負えばいいのですから。
淋しさも不安も次第に慣れます。
学びや努力次第で乗り越えられると私は思っています。
家族がいなくても、友達や知り合いがいればいいし、教養や知恵を増やせば何かトラブルがあっても自力で解決できますし。

なんて、アラカン近くになって、こうした境地に至りましたとさ、なんて(笑)


そんな私がいうのもなんですが、若いうちからあまり先のことをきっちり計画して進めようとしたり、あるいはまだ起きてもいないことを不安がるのは、時間とエネルギーの無駄!と思いますよ。

例えば。
突然のアクシデントに巻き込まれたら、自分にとっての最善の結果を目指して、全力で考えたり行動しますでしょう?
「しかたがない」とすぐに諦めて、無抵抗で、なすがままにはしませんよね?
で何とか無事に乗り越えられたり、あるいはそれが意外なチャンスへと結びついたりして、むしろ「何とかしてこれた」ことの方が多いのではないでしょうか?
でなければこれを読んでらっしゃる今、のんびりとこの記事を読んだり、暖かなお部屋でリラックスしくつろいでいれるような状態にはなっていないはずですから。


なにより不安というイメージをもつこと自体が、その不安をよりリアルに現実化させやすいですし。
怖れは人から、勇気や意欲、自信を奪ってしまいますので。
どんなに大きなチャンスが巡ってきてても、そもそも意欲や自信がない人がどれだけがんばれて、活躍できるでしょう?
下手すると断って逃げてしまったり。

心配や不安はトラブルの予防もできるので私は必要なものと思います。
ようは、こうした感覚や気分も生きるための道具だから、うまく使えるようにすればOK,ということで。


****


自由に生きていけるのは、根っこが地面につながっているから(つなごうとしてきたから)、と思います。
つまり、何があっても食べていける生活力があるかどうか、かと。

それには、ただ収入の多さとか面白さだけにこだわって職種を選ばずに働くよりも、いずれその仕事の経験を活かして独立や自活も可能にになりそうな仕事を意識して選んだ方が、私は良いんじゃないかな?と思います。

振り返ると私も、その点だけは、常に意識して、「選んできた」気がします。
後で役立つかな?、実用的かな?って。
もちろん、使い捨てや消えモノじゃないですが、一瞬しか楽しめなそうなことも、その時のノリや雰囲気ではやって愉しみますが。
で、これは、習い事もしかりです。

その時その時の気分とか人の誘いとか欲では、簡単には決めないし、飛びつかない。
これもマイルールの一つ。


ということで、おそらく、はた目には私が行き当たりばったりに生きてそうに見えるかもしれませんが、案外ちゃんと考えて、"実" のほうを選んで、生きてきてるんですけどねー ( ̄▽ ̄)

こんな自分をはみ出してる、変わってる、と思う人もいらっしゃいます.
が、私は、「それを個性や独自性、貴重だって言うんだぜー。 時代の最先端を行ってるんだぜー」と高評価をいただいたと受け止め、へこむどころか、心の中ではどんなもんだい!ってニヤニヤほくそ笑んでおります。

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