カバラ数秘術のBlog

数秘33の数秘術カウンセラー兼スピリチュアリストによるブログです。数秘術や宿曜、スピリチュアリズム他、色々書いています。

教養とは考える力


目からうろこだったり、なるほど~~!ってうなづけることばかり。
しかも読みやすいです。

「本ってこう読めばいいんだな? (書かれている知識を自分のものにできる?) ってコツがわかった "ような" 気がします(ってこれがマズいのよね 笑。


またしても面白い本に出あえて 楽♪ 嬉♪


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こちらの本から一部をお借りして公開メモ。

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人生を面白くする 本物の教養 (幻冬舎新書)



教養とは人生における面白いことを増やすためのツールであるとともに、グローバル化したビジネス社会を生き抜くための最強の武器である。

その核になるものは、「広く、ある程度深い知識」と、腑に落ちるまで考え抜く力。


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【意見が決められないのは「考え不足」が原因】

最近は、少し難しい政策課題などについて、世論調査を行うと「どちらとも言えない」という回答が増えているそうです。
たとえば、TPP問題などもそうです。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加すべきかどうか、賛成派の話を聞けば一理あると思い、反対派の話を聞けばそれももっともだと思ってしまう、という具合に、自分の意見をなかなか決められない人がたくさんいます。


そうした場合、どうすればいいのでしょうか。

厳しいことを言うようですが、「どちらとも言えない」を選んでしまうのは、ほとんどの場合「考え不足」が原因です。
本当は、その問題に正面から向き合って十分考えていなかったり、手持ちの情報が少なかったりするのが原因なのに、「それは難しい問題だから」と理由を置き換えて、自分を誤魔化しているのです。
何でも安易に納得してしまうのは困りものですが、「考え不足」で意見が決められないのも困った話です。


そもそも、意見を決められないとき、私たちはどのくらいその問題について真剣に考えているでしょうか。
そのテーマに関する本の一冊も読んでいるでしょうか。
大して考えることのないままに、「決められない」と言っているだけではないでしょうか。

日本人の教養不足の一因は、このような「手抜き」にあるように思います。
端的に言えば、勉強不足です。
わずかな努力を惜しんで、お手軽な「答え」に乗っかろうとする風潮が強すぎます。
これでは「自分の頭で考える」ことなど夢物語です。


また、日本人は、まさか第二次世界大戦での敗戦の記憶を拭い去りたいためではないでしょうが、何事につけ「あっさり」している傾向もあるように思います。
一つのことを粘り強く考えるということをあまり好みません。
むしろ、しつこく考える人は嫌われる雰囲気さえあります。

そのため、何かのテーマがじっくりと追究されることがありません。
いっときは人々の関心が高まったとしても、すぐに興味は失われ、忘れ去られてしまいます。
政治や経済の重要な問題でも、まるでファッションの流行のように次々と現れては消えていきます。

関心がいつも流行っていることの表面的な部分にとどまっていたら、「決められない」のも当たり前です。


私たちは自分たちの飽きっぽさをもう少し自覚する必要があります。



【「考える力」をつけさせる連合王国(※ 英国のこと)の教育】

これから日本が諸外国と伍して戦っていくためには、現役世代の意識改革と次世代の教育が鍵となります。

ロンドン在住の友人から聞いた話ですが、あるとき、12歳の娘さんが宿題の相談に乗ってほしいと持ちかけてきたそうです。
友人は仕事が忙しいため、ふだん娘さんとは没交渉になりがちだったので、喜んで娘さんの相談に乗りました。
その娘さんは日本人学校ではなく現地の学校に通っていました。

出された宿題とは次のようなものだったといいます。


中世に、サセックス地方の裕福な農家へ嫁いだ女性が書いた日記があった。
その農村を仕切っていた地主の執事が書いた記録もあった。
それから、19世紀にその時代の農村を調べたオックスフォード大学の教授が書いた「サセックス地方の中世の農家の形態」という論文もあった。
この三つを読むにあたって、どういう点に注意すればよいか、というのが宿題の内容だったそうです。

友人はあまりの難しさに内心引っくり返ってしまい、苦し紛れに娘さんに「おまえはどう考えているんだ?」と聞いてみたそうです。
すると娘さんは、


「嫁いだ女性が書いたことには嘘がないと思う。
村で起こったことがありのままに書かれているだろう。
でも、自動車も電話もない時代だから、自分の目で見える狭い範囲のことにとどまっていると思う。
地主の執事が書いた記録は、おそらくより多くの年貢を取りたいという気持ちが働いているだろうから、作物の収穫量などを加減して書いている可能性がある。
それを含めて読まねばならないと思う。
それからオックスフォード大学の教授の論文は客観的なように見えても、どこかで自分の学説に都合のいいように脚色されている恐れがある。
だから頭から信じないようにしたほうがいいと思う。
このように答えようかと思っているんだけれど、おとうさん、どうかな?」


と言ったそうです。

友人は「まあ、それでいいじやないか」と答えつつ、「連合王国の教育はすごい!」と舌を巻いたそうです。


この宿題が目指しているのは、子どもに「考える力」を身につけさせることです。
「イイク二(1192年)つくろう鎌倉幕府」などと、「覚えさせる」ことや「正しい答え」ばかりを求めがちな日本の教育とは根本が異なっています。
(ちなみに現在では、鎌倉幕府の成立は1185年というのが有力説になっています)。

この差はじつに大きい。
友人は「つくづく、娘を日本の学校へやらなくてよかったと思ったよ」と述懐していました。



【「いまさらもう遅い」はサボるための言い訳】

教養には「知識がある」だけでは不十分で、それに加えて「自分の頭で考える」ことが不可欠です。

しかし、現代の日本人はこれが不得手です。
戦後一貫して「考えない」ほうがむしろすべてがうまくまわる社会システムのもとで生きてきて、その成功体験がしみついているからです。


講演などで、日本人は自分の頭で考えることが苦手だと話すと、「いまさらそんなことを言われても、自分は日本の教育で育ってきた。これからどうすればいいのですか?」と聞かれます。

そうした声には、「今日の皆さんが一番若いのです」と答えています。 「一番若いときに始めましょう」と。

たとえば「自分は大学時代にろくに本を読まないで過ごしてしまった。もう手遅れだ」と思うぐらいなら、今夜から読み始めればいいだけのことです。

いまさらもう遅すぎると努力を放棄する人は、サボる理由を探しているだけです。

そんなことを考えている時間があれば、一冊でも本を読んだほうがよほど有益です。
人は何歳からでも、そもそも神様でない限り過去を変えることはできず、人間がどうにかできるのは未来のことだけです。

これまで自分の頭で考える努力をしてこなかったのなら、今夜からそのための努力を始める、それよりほかには方法がありません。

きわめてシンプルな話ではありませんか。

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ここまで。


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