カバラ数秘術のBlog

カバラ数秘術と宿曜、スピリチュアリズム、メンタルケア。04年から静岡をベースに活動しています

「生きる理由」


こんにちは。
このニュース、ご覧になられましたか?
私も「助かってよかった、すごいなぁ」と感動しました。
f:id:kabbalah-suuhi358:20180529122907p:plain
(ヤフーニュースからスクショでお借りしました)


それからこの4歳の男の子も、助けられるまでの数分間、よく頑張ったなー!と。


***


映像を見ながらふと思ったことがあります。

もしかして「生きる理由」というのは本能ってみなしていいんじゃないかと。

もっともらしい、複雑で高尚で立派な動機づけなどなくて、シンプルに、ただ、「本能」であると。
眠くなったら寝たくなるし、おなかが空いたら食べたくなるのと同じで。
そこに理屈なんてない。


なので、生きる理由を見つけようとすることは、そうすること自体意味がないことなのかもしれないと思いました。
むしろ、まるであるかないかもわからない埋蔵金を見つけ出そうとしてるみたいに、「必ずある」という前提で、時間と思考のエネルギーをそのことに消耗することは、かえって悩みを生み出したり深めてしまうことになりかねないかも。



死んではいけない理由=生きる理由を探している人は少なくないように感じます。
その場合、大きくわけて、2つの理由があるかもしれません。


一つ目はこの世のルール。
それは本能(深層意識とか魂の声にも置き換えられる)という言葉にも置き換えられるもので、天寿をまっとうするまではなんとしても生き抜かなければならないという強い意志が誰にも備わっているということ。

そして二つ目は、その人自身の、個人的な動機や理由によるもの。
誰かのため、自分の夢や目標のため、などなど。


たった4歳の子供が、誰に言われたり教わったわけでもなく、また、落ちたら自分がどうなるだとか、 "死" 自体もまだよくわかっていなさそうな年齢なのに、それでも「絶対にこの手を離しちゃいけない」って、必死にぶら下がり続ける様子を見て、そんな風に思えました。

反対に、もしも、「こんなにきついのは嫌だ、手を離しちゃおう。そしたら楽になる」なんて、楽になるほうを選んでいたら?
もしもこの考えのほうが前者(本能)に勝っていたら、この子はおそらく手に力が入らなくて(出せなくて)、落ちていたかもしれません。


****


ということで。

死なないための理由を探したいなら、本能的にはすでに備わっているので、あとは個人的な理由(夢とか目標とか)を持てさえすれば(定めさえしたら)、生きることに悩まなくて済むかもしれませんね。

しかも、張り合いさえ持てるかも^^

どんなに小さくていいから目標を作り、それをゴールに動きだすこと。

ゴールできるできない(結果)よりも、自分で自分を動かすことのきっかけや動機があること、そしてその後の体験のほうが何倍も価値がありそうです。



・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・●・

カバラ数秘術と密教占星術 カウンセリング/マンツーマン式カバラ数秘術講座
● Hearts in Harmony ●

別館ブログ(@ アメブロ)
数秘と宿曜 ー 運命のトビラ

励みになりますので、よろしければ応援ポチをいただけると嬉しいです!(別窓OPENします)
   にほんブログ村 その他趣味ブログ 数秘術・カバラ数秘術へ