カバラ数秘術と宿曜占星術 ー Hearts in Harmony の diary

カバラ数秘術と宿曜、スピリチュアリズム、メンタルケア。04年から静岡をベースに活動しています

私の記事が長い理由。


こんにちは。

例年12月最初の週末は、この辺では人通りも車の往来も少なくほんとに静か。
忘年会シーズンだし、冬の始まりだし、最後の月でお疲れ気味でしょうし。
それに、しばらくしたら年越しやお正月の支度も始まります。
ゆっくり休めるのはこの週末くらい、なのかも。 おつかれさまです。

さて、今日の記事は、まったり休んでらっしゃるかたにははた迷惑?なものになるかもしれません。
そのようでしたらすみませんf:id:kabbalah-suuhi358:20181122151953g:plain


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少し前に、イケダハヤトさんが、「文字を読む人が減った。これからは文章力よりトーク力がモノを言う時代だ。」みたいな記事を書いてらしたと知りました。
が、その記事の紹介記事(ややこしい)だけ読んで、実際の記事はまだ読んでいません。
ただ、「文字を読む人が減った」というのは、私も同感できます。
ここでも、ぱっと見で難しそうな言葉や内容で、しかも長文になっている時ほど、アクセス数が少ないので。


イケハヤさんは、ブログの時代じゃないとおっしゃってるそうです。
うん、マーケティング目的でブログを書いてるなら、絶対に、「読みやすさ」「見た目の良さ(センスの良さ?)」を優先させた方がいいと思います。
となると、ブログを使って情報発信をし続けたいなら(&アクセスを伸ばしたかったら)、極力文字数を減らして、画像を大目に入れて。
もしくはインスタやツイッターのほうが「時流に乗っていて、センスもよさそう」でしょうね。


でも私は、これまで通りのスタイルを貫くつもりです(こういうブログの使い方もあると思っていますので)

一番の理由は、私の読解力や文章力/伝達力が劣っているため、伝えたいことをコンパクトに要領よくまとめて書けないから、です(苦笑
二番目の理由は、記事をとおして自分や自分が伝えたいことを曲解されたくないから、です。

そして三番目は、「読む力をつけるお手伝いをしたい」ということでした。おこがましいですがf:id:kabbalah-suuhi358:20181122151953g:plain


よそは「読みやすく」書かれたものが多いです。
なので、せめてここでは、せっかく読んでいただくこの機会に、読みづらい文章を読む(それでも内容を理解しようとする)練習をしていただけたらいいかもと思いまして。(同時に、これが私流で個性の一つです)


なぜかというと長文が読め、しかも書き手の意図がわかるような読み方ができるようになりますと、論理力や思考力が鍛えられ、UPしていくからなんです。
ベタな言い方をすると、アタマが良くなるんですよ。
AIも進化しつつあるこれからの時代を生き残るためには、思考力や論理力を磨くことが必須になってくるといわれています。
思考力も論理力も、人間がAIに勝てる唯一の能力ですから。
AIは記憶力と計算力のみ。知識の応用もできません。(だから人間の仕事がなくなるわけじゃない)


でも、ネットを眺めたり、誰かと直接会話をかわしているうち、「言葉足らず=説明や表現不足」と同時に「決めつけや思い過ごし=理解力や思考力不足」が増えつつあることが気になってまして。
これでは話が通じなくなりますから、コミュニケーションが難しくなって、すれ違いやトラブルや起きても不思議じゃありません。
誰かや世間と接触するたび、通じあえなくて、イライラする機会が増えるのも当然だなと思います。



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コトバって、というか情報って、あまりにも省きすぎてしまうと、読み手によってどのようにでも印象が変わって受け止められ、またそのよう断定(決めつけ)されてしまいやすい気がします。
その頃には、発信者が意図したものとは違うものになってそう。


それから書き言葉は話し言葉にも通じるものがあると思います。
なぜならどちらも、「考えながら」行うものだから。
その人の、いつもの "クセ" が出てくると思うんですね。


例えば若い世代ほど、ラインを打つ時のように、会話のセンテンスが短く、「うざい」とか、おおざっぱで抽象的な一言で片づけてしまう。
その場合うざいと一言で言い放つことで「やめてほしい」「うけいれがたい」という自分の気持ちや要求を相手に訴えようとしてたとします。
けれど、残念ながら、まず、何がどう嫌なのかとか、どれくらい辛いのかとか、その深刻度とかまでは相手に伝わりません。
ヘタすると、冗談を言ってる=余裕がある、ふざけている とさえ受け止められてしまいます。
反対に、もしも「私は○○されるのは嫌です、好きではありません。 こんなふうに不快に感じてます」と言えたら、相手の誤解は減ると思います。

それと、言葉足らずなのがもっと深刻なのは。
そういう伝達方法が習慣になっていると、社会人になって、家庭や仕事の場で困ることになると思うんです。
上司に報告するのに、「あの会社はヤバいです」なんて言い方、できませんから。
でもそれができなければ、成功も出世も望めないですよね。


私は、短い上にその時流行りの言葉が多用される理由の一つは、「考えて、書いたり話したりしなくていいこと」と思います。

けれど、これって深刻なことなんですよ。
だんだん、考える力が劣えてしまうんです。
ということは、論理力、記憶力、分析力、想像力がどんどん低下していく、ということになります。
けれど、これらのどれもが仕事をしたり社会生活を送る上で、必要とされるもの。
それは働いている人に限らず、専業主婦をしてたってそうです。
考える力がなければ、トラブルが起きた時の問題解決能力もつかない、情報を活用して自分や周囲に役立てることができない、ということになりますからね。


そうなると、誰か(の意見とかも)に頼らなければ、自分一人の能力ではちゃんと生きていけないし、高齢者になったらそんな生き方をしてきたことをひどく後悔するはずです。

いや、50才から、かな。
50才すぎると、人間力(実力?)の差が歴然としてくるんですよ。
そこでようやく「自分にはこれがある、こんなことができる」と自分史の中で誇れるものがないことに気づき、「50年も生きてきて、いったい今まで何をやってきたんだ」って慌てはじめ、流されて生きてたことを後悔しするだろうと思います。
私自身もそうでした(苦笑


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思考力は、一人で考えているよりも、書いたり話したりすることで鍛えられるそうです。
次に、「読むこと」だそうです。

けれど、マンガは効果がないとのこと。
なぜなら、情報が視覚化されてしまってるので、読み手は、著者の伝えたいことを、想像したり考えなくていいからです。


論理力をつける、一番の方法は、文学作品や新聞を読むこと、だそうです。
難しい文章をあえて選んで読むこと。
これを続けていると、だんだんするすると読みこなせるようになるそうです。

実は私もこれは経験しています。
英国でアロマセラピーを学んでいた頃、生理解剖学の国家試験を受けました。
その時、英語で覚えるだけでなく、日本語で書かれた専門書を読んで内容の理解に努めました。
最初は難しいしめんどくさくて、気が遠くなりそうでした。
でもやらないといけないわけで、しかたなく読み続けてたらその内楽に読めるようになったんです。
わかってくると、新しい知識を知ることや増していくことが、面白くなりました。
ですから、上の方法は私も納得がゆきます。


でも、だからといって、自分に思考力や論理力があるとは思っていません。
けれど、高められるよう、努力はしています。
上を見れば優秀なかたはたくさんいますが、そういう人に追いつきたいとゴール・結果がどうなるかより、どんな風に努力しているか、そのプロセスの方が私にとっては優先されるし大切と思ってます。
羨ましいとも感じません。 生い立ちも体質も環境も全然違うのに、自分のとは比べようがないので。

それに、そうしてコツコツ続けていれば、そのうち、自分でも満足のいく結果が得られるでしょうし、それでいいや、なんて(笑



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めんどくさいからといって、楽なほうへ楽なほうへと流されると、頭も心も体も、どんどん衰えてゆくもの。
つまり、「老化現象が進む」みたいなf:id:kabbalah-suuhi358:20181122151953g:plain
それに、自分にとって役立つことプラスになることは、楽しくて心地よい「快」なものだけ、ではないです。
勉強だってそうですよね。


ただ、現代社会は、あちらこちらから、目や耳をとおして情報が飛び込んできます。
騒音や音楽など音もそう。刺激/情報 です。
また、趣味であってもネットをしたりゲームをするのも、脳に刺激を与えます。
すると脳は一日中興奮しっぱなし(寝てる時も動いてるんですよ、夢を見るとか、呼吸を続けるとかも脳のおかげ)。
それでアタマが疲れないはずがありません。
なので、いつも疲れてて、めんどくさい情報処理をしたくないのもわかります。


でも、そんな風に四六時中、情報にさらされているからといって、それで自然に思考力論理力がつくわけでもないです。

なので、私たちは、要らない情報を選別&遮断して脳の負担を減らすこと、と、余裕ができた分を 論理力を鍛える練習 に回すことが欠かせない、と思います。


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ということで、さすがイケハヤさん。
時代の傾向をいち早くとらえられるのは素晴らしいこと。

けれど、一方で、このことは「イケハヤさんはすごい」という結論で済ませてしまって、のんびりぼ~っとしてたらいけない気がします。
文章を読まなくなった/読めなくなったということは、多くの人が情報を理解したり考える力が低下している証拠で、それが誰の目から見ても顕著になってきた、ということだから。

ご自分のためにも、もっと危機感をもったほうがいいと思うんです。
フェイクニュースとか、詐欺とか、おかしな情報に振り回され一喜一憂させられたり、人生を狂わせられたくはないですもんね。


みんながそうだからそれでいい、と安心してるのは非常にマズいです。


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