カバラ数秘術のBlog

数秘33の数秘術カウンセラー兼スピリチュアリストによるブログです。数秘術や宿曜、スピリチュアリズム他、色々書いています。

数秘6は不寛容??


こんにちは。

前回の投稿でご紹介した山田昌弘先生のコラム。
https://kabbalah-suuhi358.hatenablog.com/entry/2019/04/28/000000kabbalah-suuhi358.hatenablog.com


読みながら、「そういえば日本は数秘6の国だったなぁ」と思い出してました。


どうして数秘6になるかと申しますと、ゲマトリアと呼ばれる数秘術のリーディング法のせい。
この場合、"日本" を Japan もしくは発音そのままに、Nihon として数字に置き換えて計算すると、どちらも合計「6」になるからです。
だから、日本は数秘6の国、と私は言っています。


そしてそれが単なる偶然と軽視できない根拠の一つとして、わかりやすいところで、憲法十七条の「和を以て貴しとなす」という名言があります。
この言葉が意味していることは、典型的な6の価値観や行動なんですね。


純粋な6(の質)の象意はこのようなものです。
和み、協調、バランス感覚、平和(争わない)、他者への思いやり(愛情)、親切、美/美意識=礼節、道徳心、正義。


そして日本人にとって(日本でつつがなく暮らしてゆくためには)、この憲法十七条の言葉通りであることが好ましく、正しい(理想的)、みたいな認識(常識?)ってあると思うんですね。
だからこそ、1400年!も経っているのにかかわらず、この名言が美しく端的にズバリ表現されているおかげで、いまだ色あせることなく日常的に語られ続けているのかもしれないと思います。


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けれど。
今の日本社会ってどうでしょうね。


ここ数年、「日本人は不寛容(不寛容社会)だ」といわれ続け、そしてそれは世界でも知られるところに。


とにかく日本人は、ジャッジメントが厳しい厳しい。
小さなミスや過ちも見逃してくれません。
そして、正しいか正しくないか?
常識的かどうか?(みんなと変わりない、目立たないかどうか)
嫉妬深いし(出る杭は秩序や和を乱すから)


ただ、だからこそ、おもてなしやサービスの質は世界トップクラスになっているというメリットもあります。あと治安も良いですし。


けれどひねくれた見方をするとそれは、表向きには「人を喜ばせる、役に立ちたい」と、世のため人のためと見せかけてはいるものの(笑)。
実際には「そうしなければ自分たちが困ることになる、不利益を被る」といった義務感からでしたり、下手をすると強迫観念からしている人たちが少なくないせいかも?、しれません。
その場合そもそも義務や責任でしているから楽しくも嬉しくもないでしょうね。
すると我慢して、嫌々やっているから、不満やストレスが募ります(そもそも、我慢を我慢と思わないようにできたらいいんですけど)


やがてそれが爆発。
そうなると6の場合、恨み、憎しみ、嫉妬、批判、攻撃、排除と言った方へと向かいます。

特に、6の質が強く過激になりますと、ケンカ腰で口撃的になります(ただ暴力をふるうところまでは行きにくい)
主に言葉を使って相手を攻撃しようとする(仕返しをしようとする、痛めつける)んですね。

しかもかーっっとなって冷静さを失った6ほど、とても主観的、なので自己中心的になりがちに。
すると、「自分は何も悪くない。こうなったのはぜんぶ○○のせいだ!」とか、他に責任転嫁をしようとします。


つまり、本来の6の愛や情の、対極の状態になってしまうんです。


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そうそう。ライフパス数の解釈や使い方で、私からすると「違う」と感じることが結構あるので、ちょっと脱線します。


ライフパス数は潜在的な可能性(今生でがんばればこうなるよという理想やゴール)を示してます。
ですので、実際には、その人の人格や精神の成熟度によっては、むしろ、ライフパスの数字の状態からは、かけ離れてることのほうが多いです。


ざっくりいうと、100点満点な状態が、ライフパスの数字が表わしている、プラスでポジティブな状態。

でも四六時中満点を出せている人などいませんから(そういう人は人間に生まれ変わって来ません)、その数字の一般的な象意を、そのままその数字の持ち主さんに当てはめることは100%できないんです。


同時に、ライフパスが33だったり6であっても、私の知る限り実際には「他者愛、利他心からかけ離れている」人の方が大多数。(自戒と反省の意もこめて)
ということは自分勝手でわがままで気遣いができないライフパス6や33も少なくないんですよ。
(逆にいうと、自分勝手でわがままだからこそ、自分のライフパスに6や33を設定し、修行をしに来たという解釈になります)


そしてこのことが、『ライフパス数に33は加えるべきじゃない』、といわれる理由の一つと思います。

でも。
よーく観察してみると、6と33、やっぱり違っている点がいくつかあるんですよ。 2と11、4と22が違うように。



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話を戻します。

ということで、数秘的な観点から日本が住み心地のいい国になるためには、そこに住む人たちの態度や価値観が、純粋な数秘6の状態になることが望ましいと思うんですね。
なので、人に優しく、親切で、「しかたないねぇ」「まぁいいかー」っておおらかで寛容になることです。
きっちりと、完璧にできなくても、心がけているだけでも違ってくるだろうと思います。


失敗したっていいんだよ。
大切なのは結果じゃない。
自分を信じて行動を起こすことだ。
失敗することよりも、失敗を恐れずに様々な経験をし、そこから学び、自分で自分を育てていこうとすること、なんだよ。
何かあったらみんながいるから。 助けるし応援するから、諦めたりくじけずに、がんばれ。
私たちは、あなたがあなたらしくイキイキと生きている姿を見れることがうれしいんだよ。



100点に近い数秘6って、そんな風に、良き指導者でコーチで先生で、懐の大きなお父さんお母さん(家族)的なイメージがあります。

でも実際には、たった一度の失敗で、二度と這い上がれない(這い上がることを許してもらえない)
だから夢も見れない。
そんな風な、切羽詰まっていてギリギリな状況になりつつある気がしています。
先述の、山田先生がおっしゃるように。


正しいか正しくないか?(ありかありじゃないか)のジャッジメントが厳しいのは、6が、完璧(美)であることを求めるせい。
そして6のいう美しさの対象は、心や態度、行為も含まれます。
しかも白か黒の二者択一で、中間が許されない(成熟した6ならそれもアリなんですけど)

ですから、(未熟、ネガティブな)6に「良くない、正しくない」と判断されれば、その対象は彼らにとって、敵や悪、醜いもの、受け入れがたいものになってしまう。
なので、嫌悪するあまり否定や批判といった形で攻撃を仕掛けられ、排除しようという動きが生まれるのかもしれません。
けれど、冷静にみたら、そうした判断や行為をするほうが、よほど誤りでよくないと思います。


そうして「良くないもの、劣るもの、悪いもの」は排除されてもしょうがないという考えをもつ人が増えれば増えるほど、ますますこの国は住みにくくなります。失敗を恐れるあまり、委縮して、将来に希望や夢すら持てない。


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ただ、日本という国の文化(価値観や習慣、行為など)は6ですが、そこに住んでいる人たちの数秘の数はさまざまというのが救いです。

中にはこの6のネガティビティとは対極の数字(性格、価値観、行動パターン)をお持ちのかたも大勢いらっしゃいます。
6は安定志向が強く、腰が重くて守りに入りやすく、鈍重です。
そしてその対極の質ということは、活発で積極的で型にハマらない発想の持ち主さんばかりなはず。


個人的には、こういうかたたちにはぜひ、6特有な長いものに巻かれずに、自分の心の声に従って、人生にチャレンジしていってほしいなと思います。
彼らがこの重苦しい状況を変えてってくれるように思えてならないので。


*****


ということで。

そんな自分自身も、誰かの失敗や挑戦には叱責や批判、皮肉って見下すんじゃなく、温かくおおらかでありたいと思います。
上手にはできないけれど、何もしないよりは全然いいので。


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