カバラ数秘術のBlog

数秘33の数秘術カウンセラー兼スピリチュアリストによるブログです。数秘術や宿曜、スピリチュアリズム他、色々書いています。

願いごとをしないほうが幸せになれる生きかた


こんにちは。

「へたに願い事をすれば低級霊の餌食になるかも?」シリーズ最終回です。


豊かさも幸せも、願えば願うほど望めば望むほど、逃げてゆく。 - カバラ数秘術のBlog

自分の願望成就を願うと何が起きるのか - カバラ数秘術のBlog



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今回、参考文献としてお借りしているのはこちらの本です。


スピリチュアルな生き方原典



先に勧める前に、この本について、書かせていただきたいと思います。


脇長生(わき ちょうせい)先生は、日本におけるスピリチュアリズム(神霊主義。日本独自の心霊主義)の普及に尽力した、浅野和三郎先生の後継者となられたかたです。
この本の前書きには、実際の作者である桑原啓善さんが、出版の経緯について書かれています。


脇先生は、『浅野先生の遺稿をすべて出版しおえるまでは、ご自分の著書は出さない』という決意をお持ちだったそうです。
けれど脇先生に長く師事されていた桑原啓善さんは、先生の語るお話はぜひみなさんにも紹介すべきだとお考えになり、そこで先生の講話をまとめて出版されたようです。


私はこれまで、西洋で出版されたスピリチュアリズムを中心に、多くの本へと目を通してきました。
そしてこの本は、日本で生まれ育った私にとって最もナチュラルで別格なものでした。
常日頃から実践している人でなければ発せられないような言葉ですとか、実生活ですぐに活かせる教えがふんだんに載せられています。


この本と出会ってから、折にふれ、脇先生の知識や言葉(知恵)に助けられてきました。
もしこの本と出会っていなければ、桑原さんが出版してくださらなければ、自分のスピリチュアリズムも違ったもの(不十分だった)になっただろうとも思います。
そこで、出版に尽力された桑原啓善さんにも、改めて、心からの敬意と感謝の気持ちを表したいと思います。


スピリチュアリズムは宗教ではありません。
「生まれ変わりはあり、霊も霊界も実在する」という考え方から成り立っている学問や思想です


それでは、自分にとって「良いこと」を強く願うことは逆効果であるという理由です。
ちなみにこれらは脇先生に限らず、正しいスピリチュアリズムの知識がおありな方々には基本の、よくご存知の事と思います。


(読みやすくなるよう、要所を抜粋してまとめてあります)

因縁霊とは、主に異性関係、不動産や金銭の貸し借りなど、さまざまな恨みが原因となっているものが多い。
ある人の因縁霊はこの人の家を没落させようと思っている。
けれど自分だけではどうにもならない。
しかしその悪意の念はたちまち幽界中に広がり、すると人間たちに恨みを持った動物霊が現れて、この因縁霊に加勢する。
この人にはさらに、亡くなった父親の霊もついていた。
父親の死後、急に人が変わったように怒りっぽくなったり酒飲みになったのは、亡父の霊が憑いたために生前の性癖が移ったのである。
もちろん父親は子供に自分の悪癖を移す気持ちは全くない。
しかしまだ成仏できていない上に、子供に執着を持っているため、子供が感応して性癖がうつったのである。
こうしてこの人は、亡父、動物霊、因縁霊が憑いたことで、人柄が変わり、次第にそれが性格になっていってしまうのである。


ただこの人が心身を浄化し、精神を統一できれば、そのような背後霊たちは働けなくなる。
さらには、この人が自分を反省し、向上心を持って生きてゆけば、今度は守護霊と交わりやすくなる。
すると次第に守護霊と一体化し、その人の人格が高潔なものへと変わってゆく。

このように、人の性格とは背後霊との総和でもある。
つまり性格は本人の心がけでどのようにでも変えられるのである。

(背後霊と守護霊は別です。 仕事や才能などスキルを助けるガイド霊、身内の霊たちは背後霊になります。 もちろん自分に憑いている因縁霊たちや地縛霊といった未浄化霊も背後霊になります。 またほぼ全員に、一人や二人の因縁霊が憑いたり離れたりしていると言われてます)



ふとした欲や利己心、それとは逆に奉仕や親しみ、など。
こんな些細な心の変化に合わせ、守護霊は動いたり、交流が途切れたりする。
ますはそれらを直すべし。
直らなくても直そうと努力すること。
精神統一とは、自我意識を滅却した状態であり、努力を基礎とした総仕上げである。


朝夕熱心に神仏に祈っても、その念は必ずしも神に届かない。
人の念は、自分の心の波長に応じて、幽界、霊界、神界に通じる。
そもそもその人の心がよろしくなければ、波長の法則で、未浄化霊が憑く。
熱心に祈った念は未浄化霊には届くものの、そこで中断されて、守護霊などの高級霊たちには通じない。
しかも未浄化霊から災禍を受けることになる。


恐れるべきものは霊魂の働きではなく、自分の心(奥の心)の働きである。
これが人を動かし、物を動かし、自然界を動かし、霊魂を動かし、自分を変える。
このことを体得する時、そこに幸福の原理がある。


幸福を請い願ってはいけない。
金が欲しい、物が欲しい、病気を治したい。
それは欲である。
欲を持つ者は欲で苦しむ。病気は治らず、金は入ってこない。


人間とは何かの理解を深め、人は本来幸福なものであると自覚し、その自覚の上に立って日々精進しようとする心構えを持つ時、自然に幸福の訪れ、生きがいのある人生が展開する。


お金はすべて生かして使わねばならない。
入ってきたお金は、家のため、また次の代を作るために必要があって入って来たのだから、この目的から外れて使用してはならない。
栄耀栄華のために浪費したお金は、後になって、あるいは次の世代になって、その分不足して不自由する。
お金を人に貸すことはよろしくない。
自分のお金は人に貸すために入ったのではなく、家に必要があって入ってきたものであるから。
もしも恩人から借金を申し込まれたら、貸すのではなく、その償いのつもりで差し上げた方がいい。


金を儲けようと思うと金は貯まらない。
自然な気持ちで、やることをやっていれば、金の方で貯まってくる。
欲を持つと守護霊は働けなくなる。
心にゆとりがなければ、良い霊は働けない。
人が何か事を起こそうとするとき、とかく欲が出てくる。
まずは自分の心を鍛えよ。
欲を持たず、世のため奉仕のため、自分の力の範囲でやれることから出発せよ。


自分でやると言う自己責任の気持ちが伴っていれば、必ず援助者が現れる。
すなわちその心に応じて守護霊が働く。
もしそれで足りなければ、さらに上級の守護霊が働く。


例えば何かしらの事業の中心人物がこの心を持っていたら、波長の共鳴で、同じような人達が集まり、これが一つの力となって、やがて大きな力を発揮するようになる。
使命に目覚め、私利私欲を捨て、自分の修行と奉仕に生きてゆこうと努力するなら、必ず援助者が現れる。
その人の元に集まった者は最初は単にその仕事をするくらいの気持ちで来るが、後には主人のために働こう、自分の使命はこれだと自覚を持つようになる。


今の仕事が自分の使命の道かと疑う人がいるが、それは仕事が嫌になった証拠。
仕事が嫌になるのは邪霊の仕業と考え込むその考えこそが邪霊の仕業。
そんなことを詮索する必要はない。
そもそもこの仕事につく時、どんな気持ちだったかを考えよ。
初心を思い起こせ。
今の仕事は自分の因縁からやるようになったと考えて、その仕事に邁進せよ。
商人なら世の中の人が喜ぶことを考えて奉仕せよ。
学生なら、学問を身につけ、学問に奉仕せよ。

その際、今の仕事が自分の使命の道だったら、ますます成果が上がってゆく。
使命の道ではなかったとしても、その奉仕の心は守護霊に通じ、使命の道へと次第に導かれて行く。
要するに、 何が自分の使命かに心を煩わせず、今の仕事を通じて奉仕に励むことだ。


守護霊に頼る、善意に頼る、精神統一に頼る、指導者に頼る。
こういう人は必ず責任を他に転嫁する。あの霊魂の仕業であると。
するとなんでも霊媒に頼り、しまいには彼らから背負い投げをくって不幸になるのがオチである。


人間には、自分の使命を達するに必要な能力が備わっている。
自分に備わっている力は自分で開く。
この時使命が達成できるのである。




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