カバラ数秘術のBlog

数秘33の数秘術カウンセラーが、数秘をテーマにいろいろ書いています

自分の幸せは自分で決めています


こんにちは。


ミニマリストのやまぐちせいこさんが、洋服作家であり暮らし研究家でらっしゃる美濃羽まゆみさんを取材されたそう。
yamasan0521.hatenablog.com



早速動画を拝見したのですが、やまぐちさんのインタヴューもお上手でしたし、美濃羽さんのお話も面白かった!です。

中でも、美濃羽さんがかつてオークションサイトで作品を販売してらしたときは、見ず知らずの人に "不適切の通報"を運営会社のほうへと日に200回も!されたり、お仕事へのきっつい批判をもらったり。
それでもひるんだり折れずに乗り越えてきた体験談は驚いたのと同時に、気持ちや頭の切り替えがとてもお上手で参考になりました。

相手のことをけなしたり批判したり、そんな人たちに負けるもんかと相手をこらしめたくて戦う(根にもつ、相手のせいにする)といったケンカ腰じゃなく。
さらっと受け流して切り替え、しかも振り返ることもしない。
むしろそうした逆境をバネに新たな道を切り開いてゆかれたこと、ひたすら尊敬です。


ということで、こちらの動画、おススメします^^。



****



さて、インタヴューでは、こんなお話も出てきました。

収納関係の本や情報はすでにたくさん出回っているのにそれでも売れているということに美濃羽さんは疑問を感じられたようで、出版社の編集さんに聞いてみられたそう。
すると「整った部屋に住みたいという憧れはあるけれど、実際にはやらないから」といった答えが返ってきたそう。
そこで美濃羽さんも「そういえば私も、(本や雑誌の特集を)見るだけで満足してしまうことがある」みたいなことをおっしゃってました。


私、これって収納の本に限らないことだなと思ったんですね。
あと、私もまちがいなく、そうした読者の一人です!!


そこで「見るだけで満足」というのに関連し、頭に浮かんだことが。



****



今世間は書き出しブーム(?)と思います。

「書き出し」は自分の考えや気持ちを確かめたり整理できることの他に、願望をはっきりさせ、優先順位をつけるなどして選んで決めることにも役立ちますものね。


で、私はというと、後者よりも、前者のような使い方を主にしています。
なぜなら、目標や願い事を書き出しても、私の場合はかなわないことが多いから。


理由はわかっています。
もちろん自分の努力不足や行動不足もあるのですが、人や組織・法律やルール、社会情勢などなど。
自分の意志の強さや気持ち、行動や努力だけではどうにもならない壁が立ちはだかっているから、です。
健康(体調)とか年齢、経済的なこととか。
(私の状況を知っている友人たちなら同意してくれると思う 笑)


もう一つが、「書き出しただけで(わかっただけで)満足してしまう」ということ。


けれど夢や希望、目標を持つことや追いかけること自体を諦めてはいませんよ。
ただ、自分を試したり追い込むような大きな目標設定をし、その達成や実現を強く望もうとすると、今の私の場合は特に、理想(ココロ)と現実(アタマ)がケンカして悩んでしまうほうに向かいやすいんです。
すると気持ち(意欲)や行動力が落ちてしまう。
そしてますます自信を無くし、悩みが深まるという悪循環に。


この悪循環をさんざん繰り返してきてたどり着いた答えが、「自分からは求めない。流れに任せる。それでもチャンスは向こうからやってくる。 なので今の自分に無理なくできることがあれば120%を目指して続けていけば結果OK」という境地?でした。


ですのでもしも願いや目標をもつなら、自分の意志や行動次第で実現できることだけにしています(ただ、30代や40代だったらもっとハングリーな方が良い!と思います。なぜならこの年齢での派手な失敗は後で取返しがつくから)



(今の)私の最大の望みは、「毎日毎日、かかわる人たちと仲良く楽しく。心を穏やかにしながら過ごすこと」なんです。
そしてこれは私にとっては "自律的な" 行動なんですね。
それは「自発的に、自分の感覚や気持ち、考えをコントロールすることで、誰かと一緒に過ごしている間はその時間や雰囲気をお互いにとって心地よいものにする」という意味なので。

顔色や空気を読んで、相手を怒らせたくない(自分に攻撃をしかけさせない)よう、やみくもに、相手に合わせる、ということではないです。

「受け入れられないことはNOと意思表示する。その際は相手にもそうした自分の気持ちや意思が伝わって、認めたり受けいれてもらえる努力をする」ようにします。
それでもダメなら、諦めます(相手の反応を気にしないようにします。でも自分の意志はそのままで)


(「空気を読んだり顔色をうかがうことがどんな場合でも悪いこと」のようにいわれるけれど、私は、そもそも会話やコミュニケーションって相手の反応や状況を見ながら自分の反応を加減していくんじゃないの? なのに場の雰囲気や相手のことを無視したコミュニケーションっておかしくない? かえってうまくいかないんじゃじゃない?と思ってます。
それが「良くない」というのは、そうすることで自分の負担が大きくなるからでしょう。
であれば、ストレスをストレスと感じないほど、気にならないだけでなく楽しい!って思えるほど器のおっきな人になればいいじゃない、どっちにしたってストレスの基準なんて個人レベルなのだから。
というのが私の意見です)



そうそう。
先日読んでいた本の中で、「お金がたくさんあったり成功している人ほど、死への抵抗や恐れが強まる」と書かれてて、すごく腑に落ちて納得しました。
かつて、釈迦やシルバーバーチも、「貧乏な人、何ももたない人こそ、幸せです」と言っていたのを思い出しました。



特に私のような年齢になりますと、もう先は長くありません(無理や無茶が利かなくなる健康寿命の面からも)
それと、過去の経験から人並に働いて身の丈にあったやりくりや生活を心がけていれば、それなりに生きていけるのがわかります。
けれどもしそれ以上を求めるなら、ストレスや悩み、消耗を覚悟してから望むこと。
それ以外では、「いかに心が喜ぶ経験ができるか?」のほうに価値を置いていて、そしてそれは必ずしも大きなお金を必要とはしませんので。
なんていうのは今の私のマイルールになっています。



宿運や宿命では、「大きなことをする」「世間に認めてもらったり、功績を残す」ことに魅力を感じない私。
(あ、生きてきた証は残したいですが、でもそれが人や世間に認めてもらえるかどうかは、自分の満足感が大事なので関係ありません。それからそうしたいかたにはどうぞどうぞ!と思っています)


そうしたことを、今生の目標として生まれてこられたかたもいらっしゃいます。
占術=運命学的には、その人が今生でしたほうがいいこと、好むことは、人それぞれですから。 なので、日陰で生きる方が心地よくて幸せだし、そのほうが運勢的にも無理なくうまくいく人たちもたくさんいらっしゃいます。

そして私の宿命(魂が望んでいること)はというと、社会的な成功や名声など、そうしたことに価値や重さを置いていません。
なぜならその次元は卒業しているので。


なんてことも、世間が良しとする、成功や幸せの基準や理想に、自分の心が動かされない理由の一つと思います。

またもう一つの理由は、この一年に体験したことや葛藤のせい、と思います。
今のところ、どう客観的に見ても、生きるか死ぬかな過去最大の試練でしたので(笑



死生学(生まれ変わりの研究)で知られる故エリザベス キューブラー・ロス博士は、"死を受け入れるプロセス"には5段階あると言っています。


死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

  1. 否認 そんなはずはない! 嫌だ!
  2. 怒り どうして私が?
  3. 取引 死なないですむなら何でもします
  4. 抑うつ 何をしても避けられないという絶望から
  5. 受容 悟り、受け入れる


そして最近はさらにもう一つ、第六段階を新たに加えた説があるそうです。
それは、「期待と希望」であり、『死後の世界を信じた人が、あの世という新しい人生に希望を抱くことで、残りの人生を積極的に生きようとする』というものだそう。


そこで私はというと、第六の境地へと入り込んでいるような気がしています(笑



****



とにもかくにも、望みが叶わない理由は、やっぱり、「やらないから」(笑


でもこうも思います。
「やらない(サボる、怠ける)」だけじゃなく、人や状況によっては、したくてもやれないこと/やるべきではないこと もあるはず。


人や周りがどうであっても、何を言われようと勧められようと、話が魅力的であろうと。
それが果たして、自分に合っていてふさわしいものなのかどうか。
たとえば、水の中でしか生きられない魚が陸に上がったらどうなる?
そう思います。

あ、そしたらおいしい干物になって、誰かを満たしてあげる、というのもいいかも!f:id:kabbalah-suuhi358:20181122152106g:plain
なんておふざけはさておき。



私自身は、「自分自身がこれは人として恥ずかしい」ということをしていなければ、「自分ではこれでいい」、と思えるなら。
それが自分にとっての最善の選択で自分の幸福と思うし、それでいいと思っています。


周りの人には、地味とか平凡とか、小さいとか、こうはなりたくないと思われても。
自分が幸せかどうか(満足や納得)は、自分で決めたいです。


もちろん、それでうまく行かなかったとしても、自分が選んだことだから悔やまないし、結果も潔く受け止めるように心がけています。
後悔(し続けること)もまた、この世で生きてて起きうる不幸の一つですから。


それではまた。

みなさま、良い週末を。
f:id:kabbalah-suuhi358:20190825105238p:plain


応援クリック、励みになります! ありがとうございます。