カバラ数秘術カウンセラーのBlog

数秘術歴18年 数秘33のカウンセラー兼スピリチュアリストのブログです。 数秘術や宿曜、スピリチュアリズム、日々のこと。 自由気ままに書いています。

おバカになぁれ


こんばんは(また深夜に書いてますf:id:kabbalah-suuhi358:20181122151953g:plain


前から読んでくださってるかたはご存知かと思いますが、私は去年ケガをしまして、ようやく1時間、椅子に座っていられるようになったのはつい2か月前のことでした。
他にもブログの問題が重なったこともあり、とても仕事にならなくて、結局一年ほど休業していました。


とにかく、一日も早く治して仕事を始めたかったので、この間は治療に専念しました。
が、どれほど頑張っても、強く望んだとしても、だからといって回復が早まるわけでもなく。

「治るんだろうか? また普通の生活ができるようになるんだろうか?」
不安と焦りでいっぱいいっぱいになりながら、けれど治療を受け始めた頃は状態も状況も一向に良くなる気配がないわ、貯金はどんどん減っていくわ。

そんなこんなで、数年ぶりにうつが再発しました。



不安や心配が、「恐怖」のレベルになってゆき、先のことを考えるとその怖さは言葉にできないほどつらくて耐え難いものでした。
希望がない、仕事も生活も立て直せないかもしれない。
そして母も亡くなり、いざという時頼れる身内もいなくなってしまった。
そんな自分や生活の未来には悲観や絶望しか見当たらず、なので自然と消えてしまいたいという考えが出てきて、その誘惑と格闘していました。


それから数か月して、今は、「死にたくありません!!」(笑
生きる気、やる気、満々です。
根拠はないけれど、頑張れば何とかなる、きっと大丈夫という自信もあります。


長かったけれど、だんだん体が元に戻りはじめ、出来ることが増え。
一番ひどかった状態と比べると、うそみたいに良くなって。
そう自覚出来、「もう元には戻らない・大丈夫」と自信が持てた時、どれほど安堵したことか。
そして精神面も、それを境に、やっと底から脱出しました。


****


あの、どん底の時、生き延びられた理由は、自分の置かれた現実とちゃんと向き合ったから、と思います。


とはいえ、知れば知るほど絶望しそうで、怖くて、できれば考えたくもなかったです。


でも、もう一人のやけに冷静で理屈っぽい自分が、「いや、落ち着いて。よーく考えてごらん。そしてできる限りの知恵を絞って、何かできることはないか考えてごらん?」っていうんですよねぇ(笑
そこでノート2冊分、何が不安か?とか、感じたこと、今のキモチ、状況、などなど、思いついたことを片っ端から書きだしていくうち気持ちが落ち着きはじめました。

そこに書かれていたことは、恐怖の感情に飲み込まれ、それを自分から否定したり止めようともしないで、好き勝手野放しにさせてしまってたせいで、恐怖心がますます強くなってしまい、自分でも収拾がつかなくなっている自分。
恐怖(自分の先走った妄想や思い違い)に、いいように支配されてしまっている自分。
だから命を絶ってまで逃げたくなるほど、苦しくて辛くなってる、ということでした。


同時に、視野が広がって解決方法も見つかり、「なんだ、思ってたほどどうにもならないわけじゃないんだ?」とわかって安心したりも。
書き出して良かったです。



****



というところまで経験できた今は、不安や心配の思考や感情が出てきたら、早いうちにその原因になっている事柄を突き止め、それができたらもうそれ以上深く考えないし気にしないようにする(切り替える)、という自分なりの対処ができるようになりました。


落ち込んだり不安や心配が強くなった時、一番まずいのは、「気力や我慢が続かないし、集中もできないから、全力で取り組めなくなるし、積極的に行動しようとしなくなること」 と思っています。

でも、何か起きた時、当事者である自分が動かなければ、どうにもならないことが多く、それでは解決が遠のきます。
なので、苦境にある時ほど、頭も心も体も、パワー全開で動かせたほうがよくて、そのためには、自分で自分を怖がらせないことだというのを、今回の経験で学びました。
つまり、そういう時ほど、怖がる自分にムチ打って、あえて鈍感で楽天的になって。
そして特に感情面では物事を深刻に受け止めないようにすると申しますか。
真面目で正面からシリアスに受け取けすぎると、どうしたって悪いことしか思い浮かばず、どんどん負のスパイラルにハマっていってしまうものですから。



今こうして健康を取り戻してみると、あれほど心配して悩んでいた事柄も、実際には病むほど悩む必要はなかったと思います。
被害者意識が強くて、刹那的で、大げさに騒いだり反応してたなぁと。


でも、すっかり悩みグセがついてしまっていたあの頃は、暴走する気分や感情を自らブレーキを踏んで止める余裕などまったくありませんでした。
だからますますひどくなってしまった。

で、気力を失うにつれ、体力を失い、食欲もなくなるし、夜も眠れず。
身体はいつも熱っぽくて重だるく、起きているのもつらい状態になります。
大好きな読書で気晴らしをしようとしても、文字が読めないわ、理解できなくなるんですね。
もちろん、込み入った話とか対応なども無理。
と、何もできなくなります。
ここまでひどくしてしまうと、差し迫った現状をなんとかしようにも、動けないから、そちらも自分も悪くなる一方で八方塞がりになります。


なので。

くりかえしになりますが、考えるだけ考えてやるだけやったら、後はのんきで鈍感になるくらいでいい、と思ってます。
それに、不安や心配が強くて辛い時ほど感受性も強くなってて、ちょっとした刺激で、心のバランスが不安定になってしまいます。
泣くほどでもない話で過剰にもらい泣きしたり(いつどこでも泣いてばかりいたり)、どこかの国の犯罪とかのニュースを見ても激しくショックを受けて落ち込んだり。
うっかりすると、うつの始まりです。


もしも今の自分がそんな風に危なっかしい状態にある気がするなら、他人のことや世の中のことには必要以上に入り込まないほうがいいと、私は思っています。

けれどそれって無関心であることとは違います。
関心はあるけれど、Switchを切ってるだけ。
自分の身や生活を犠牲にしてまで、自分とは直接関係のないことに反応しなくていいです。
でも、政治でも世界の問題にしても、そういう話題に入り込んでも平気で余裕がある人なら、どうぞどうぞと思います。



ということで。


一見、世間や他人に関心がなく、暗い話題より、明るく心地よい事にばかり目を向けている人がいたら、それはこうした理由があるのかもしれません。
弱くて敏感だからこそ、そんな自分を困らせたり追い詰めたりしないよう、あえてそうしたものから目をそらせているかもしれないです。
本音や本質を問われてもはぐらかされるのは、それについて「真剣に考えたり受け止める」だけの余裕がないからかもしれません。
そんなことをしたら大変! せき止められてた感情の堤防が一気に壊れてしまうかもしれないわけで。


なので、そういう人がいても、「無責任で自己中心的な人」、とは一概に言えないのではと思います。
批判なんてできない。
ましてや内側では苦悩や葛藤があっても隠しているだけなのに、そんな風に悪く決めつけられたら、その人、辛いだろうな。
なんて。


とにもかくにも、前向きに頑張りたい時、そうしなくちゃいけない時ほど、自分の精神の安定は大切と思います。

それでなくても今の時代はどこもかしこも暗いニュースばかり。
あっという間に気が滅入ったり落ち込めるし、イライラにもなれます。

そんなのばかりだからこそ、自分で自分を嫌な気分にさせることより、楽しいことや元気が出ることに目を向けることで、自分の心の平和や安定を保とうとするのは、私はいいんじゃないかなと思います。
そうでなければ、共倒れになってしまうかもしれないわけでそれは困ります。


真面目な人ほど、意識しておバカになっていたほうがいい時もあります。
強がって、突っ張って、懸命にやりすぎて、我慢して、すりきれて。
頭も心もかちんこちんになったところにますます他の負荷がかかったら、ぽっきり折れちゃいますから、きまじめなのもほどほどにf:id:kabbalah-suuhi358:20181122151834g:plain


注意一秒、ケガ一生f:id:kabbalah-suuhi358:20181126153240g:plain
うつにはならないほうがいいですよ。


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