カバラ数秘術のBlog

数秘術歴18年 数秘33のカウンセラー兼スピリチュアリストのブログです。 数秘術や宿曜、スピリチュアリズム、日々のこと。 自由気ままに書いています。

学びは続く でも面白いし楽しい!


こんにちは。

この間、久しぶりにスマナサーラさんの著書を読んだら、またスイッチが入ってしまってハマっています。

ブッダの幸福論



初めてスマナサーラさんを知ったのが、TOKIOに瞑想の仕方を教えるという、民法のバラエティー番組で、でした。
10数年前になります。


私は仏教徒ではありませんし、そもそも宗教(団体)にはちょっとしたアレルギーがありまして、普段は避けています。
けれども、長老の語りかたやお話は、自分がイメージしていた鼻につくような宗教臭さがないばかりか、子供にもわかりやすく、腑に落ちたり共感できるものばかり。
これが原始仏教、ほんとうの仏教のありかたや考え方なのかと目からうろこだったのと、これほどの知恵をお持ちの賢者が日本にいるんだ?って、最初はちょっとした衝撃を受けました。


それからというもの、特に壁に突き当たった時は、まず長老の本を手に取ります。
するとなぜかそこに「こたえ」が見つかるんですね。
普段の自分、我に返ることができます。


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そんなわけで、ネットでスマナサーラさんの言葉を拾い集めているうち、こちらの記事を見つけました。
私自身はここに、日常のストレスや苦悩を減らすためのヒントがいくつも見つかりました。
みなさんにも、参考になることがあるかも?です。
www.dananet.jp




それからもう一件。
2年ほど前、急に広がり始めた HSPブーム を疑問に感じ、それについて自分なりの考えを投稿してみました。
その中身はというと、

  • HSPは簡易テストでは判断できない(答えを選べるテストの場合、本人の主観に左右されてしまい、公正さや客観性に欠けるので)
  • HSPの概念はまだ医学的にはっきりと認められているわけではない
  • 「自分はHSPである」と決めつけてしまうことは、むしろますます本人のメンタルを弱くし、生きづらくしてしまうことになる恐れがある




数冊本を読んで、そこにあったいくつか簡易テストをした結果、私もHSP該当者でした。しかも高確率で。
確かに、小学一年から、誰とも遊ばず、一人静かに本を読んでいるような子どもで、これもHSCの主な特徴です。
またそれは当時の通信簿に担任の先生が心配するようすが書かれていたので、自分の思い過ごしや妄想ではなくてまぎれもない事実です。
そして、この繊細さや感受性のせいでしょっちゅう体調を崩し、傷ついたり、悩んだり。
それでも、避けたり逃げるよりは、慣れるという戦いかたを続けて、やっと以前よりは強くなってこれたんですね。


でももし「こういう性格だからどうせ無理」と諦めてたら、ますます病んで虚弱体質になり、スマナサーラさんがおっしゃるように、一生人や世間(社会)の世話にならなければ生きていけない人になっていたかもしれません。
そして、人から面倒をみてもらうしかない生き方は、世話になるばかりで自分は世間の役にも立てないということになりますから、それでは生きる意味や意義を見失い、陰で息をひそめながら死ぬのを待つような日々を送ってても不思議ではないです。



といった自分の経験もありまして。
また、これまでお目にかかった「自分はHSP」と名乗るかたのほとんどが、シャイで警戒心があるどころか、どんどんご自分の要望や意見を発言します。
SNSで見かけ、自分から連絡してきたりとか。
(傷つくのを恐れる人たちだからこそ、人と関わろうとしたり人目につくところに出ようとしたり、ましてや自分の意見を言おうとするなど、本来はないことらしいです。そんなことをすれば、突然誰かから攻撃されダメージを受ける機会を、自分から作るようなものですから)


といった理由から、記事には、「むしろHSPのことなど、あまり気にしないでいたほうがいい。どんな試練や苦境にも耐えられる強さを養う方が大切では?」
と書きました。


そして下にリンクを貼らせてもらったページに掲載されているスマナサーラさんの答えは、まさに私が、自らHSP該当者と気軽に名乗る人たちに訴えたかったことでした。(チエリさん、無断でお借りしてすみません!)
thierrybuddhist.hatenablog.com



スマナサーラさんのアドバイスは、不安神経症以外にも、うつや自律神経失調症といった心の病をもつかただけでなく、繊細で過敏であり続けることを自分に許すことでますます悪化させてしまう可能性のあるかたたちにも通じるものと私は思いました。
そしてそれは、私自身も含めてです。


読まれるかたによっては、なんてひどいことを!と受け止めるかたもいらっしゃるかもしれません。
けれど私は、この強い口調の裏には、「つらい日々を送っているのはあなただけじゃない、みんな、苦しみながらも懸命に生きているんだよ、日々戦っているんだよ。自分や試練に酔って挑戦する意欲や向上心まで失ってはいけない」と、檄を飛ばしそうとされている意図/優しさを感じます。


確かに現実のこの世の仕組みやルールは、スマナサーラさんがおっしゃるとおりと思えます。
自分は弱い、ダメだと思ったら、気力も何もついてきません。
すると弱くてダメなままで終わってしまう。
けれど弱くても弱いなりに、何か良い方法を探しては、身体や心を鍛えるための練習や努力をすることは、治せなかったとしても、悪化もさせないでしょう。
なのに、病気とかHSPとかそういう肩書が言い訳になって、そうした努力も放棄してしまったら。

過保護にすることは、かえって生きづらさを増長させるようなもの、と思います。
かわいそうだからとか、大変そうだからと言ってかばいすぎても決して本人のためにはならないし(それでなくても生きることは大変だから!)、そういう育てかたが良いとも愛情の表れとも、私はそうは思えません。




ちょうど一つ目のリンク先のインタビューでも、「生命の進化は弱肉強食によって遂げられてきた。生命力の弱い生き物が淘汰されていくのが自然界のルール。でも人間の場合、その弱さは、本人自らの心の持ちようで克服できますよ」といった説明をされています。
それと上の話も重なってリンクしているように思います。



週末の夜に読むにはぴったりな記事?(笑
よろしければご覧になってみてください。
おススメです。


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